プライド











「……ひどい顔だね」
「うるせー」


開口一番、沢田は含み笑いをしながら入ってきたリボーンを見た。


「雲雀さんは?」
「用事があるんだと」
「あの人も忙しいしね」


大きな椅子から立って、向かい合って座る事の出来るソファに移動する。目で、座りなよ、と合図。


「久しぶり」
「…………ああ」
「痩せたね、顔色ほんとに悪いし。ご飯食べてないでしょ」
「…………」


くすり、と笑って沢田は机に置いている籠に入った色とりどりの菓子を進めた。リボーンがそれに手を伸ばす。


「ランボの事聞いた?」
「…………」


リボーンがどこかが痛むようにぐしゃりと顔をゆがめた。
どうして、自分はこんなにも。もう表情を制御する術すら思い出せない。ランボという言葉を聞きたくない。ツナが笑ってる、どうして笑えるのか。困ったように微笑んでいる。昔の俺はどういう顔をしていたのか、もう何も思い出せそうに無い。今、あるものは、今考えている事は。


「何で、わらってる?」
「…ああごめん。いや、さ。なんかリボーンがそんな顔してることが嬉しいんだ」
「………意味わかんねえ」
「自分じゃ分かんないのかなあ?別に、ランボの事で笑ってるわけじゃないんだよ」


くすくす笑いを誤魔化す様に菓子に手を伸ばした。リボーンが不快、という顔をする。


「いつ目を覚ますか分からないんだ。本当に。…怪我はもう大丈夫なんだけどね」
「……ボンゴレの技術をもってしてもか」
「うん。ボンゴレの医療技術が進んでるのは肉体の怪我だけだから」
「どういうことだ」
「つまり、精神的な理由ってことだよ。ランボが目を覚まさないのはね」


ことり、と脇に控えていた獄寺がコーヒーを二つ机に置いた。リボーンと目が合った、獄寺が心配そうな顔をする。何故心配そうな顔をされなきゃなんねーんだ?よっぽど自分は悲惨な顔をしているのか。


「精神的?」
「もう目を覚ましたくないっていう気持ちがあるんだと思う」
「…………」


ぐしゃり、と更にリボーンが顔を歪める。沢田がコーヒーを啜った。ずぞぞ、と平和な音がする。


「……俺のせいだ」
「うん、まあそうとも言えるね。全部が全部リボーンのせいじゃないけど。リボーンがランボを連れ去ったから、っていうのはある。俺はへたな慰めを言う気はないし、リボーンだって言われたくないだろう?」
「……………何故、ランボを助けた?」
「何でだろうね」


微笑んで窓の外を見る。冬の薄い青色が広がっていて、やはり俺の気分には合わない平和すぎる色。


「俺は、ランボを小さい時からずっと見てきたからね。……やっぱり弟みたいなものだし」
「許される事じゃねーぞ」
「……ランボだけを助けた訳じゃないんだ。リボーンだって、そうなんだよ?俺はリボーンに死なれたらボンゴレにとって不利益だ、とか考えた訳じゃないんだ」
「…………」
「俺はずっとリボーンに教わってきたけど。やっぱりリボーンだって俺の家族だし、弟みたいなものなんだ。こんなことで死なせたくないんだよ」


さっきとは、別の歪みかた。リボーンがまた顔をぐしゃりと歪める。


「俺は、お前達に幸せになってほしいんだ。どんな形であれ、ね?」
「…掟は、絶対だ」
「習慣も大事だが、なかには守るより破ったほうがいいものもある」


芝居がかっている気取った口調で暗唱し、にこりと笑った。蜂蜜色の髪が冬の陽の光に透けて、まるでどこかの舞台役者のようだった。リボーンが強く唇を咬んだ。
まるで、ランボのようだ。あの雨の日に飛び降りた、ランボ。芝居がかった口調で、俺に向かっていった言葉。そういえば、あれは誰の言葉だったのだろう。ランボの事を考えれば考えるほど、心臓が鋭い痛みを訴える。…こんな痛みは、こんな気持ちは知らない。


「………シェークスピアか」
「結構前に見たんだ、ハムレット。いい言葉だなと思ってさ、使ってみたかったんだ。」
「…掟は習慣なんかじゃねーぞ」
「なら、お前は死にたかったの」
「…………」
「答えられないんだ?」


リボーンは手に持ったコーヒーに視線を落とした。黒い液体に自分の顔が移りこんでは、ぐにゃりと歪む。まるで己の気持ちをそのまま投影しているようだ、リボーンは嘲笑する。


「俺はリボーンが死ぬのは嫌だよ」
「…でも、お前はマフィアのボスだ」


沢田がきょとん、とした顔を作る。ずず、とまたコーヒーを啜った。


「確かに、俺はマフィアのボスだけど。…ボスである以前に、人間だ。仲間とか家族とか。大切な人を守るためにボスになったんだ。それで、お前が死んだら意味無いんだよ」
「………ふざけてる。掟を破るなんざ」
「俺もそう思うけど。今だってすっごく大変だしね、何よりリボーンの教えに背いてるし?」
「馬鹿だろ」
「随分言うね。いいじゃない、別に助かったんだからさ。ほら、命あっての物だねって言うしね」


沢田が微笑んで、リボーンに手を伸ばした。ぽすぽす、と黒い髪の毛を撫でる。リボーンが奇妙な表情を浮かべた。
これは、なんだというのか。この気持ちは。…俺は何故、あんな行動を起こしたのか。ツナに聞けば全て分かる気がした。自分がどうしてランボを救えなかったのか。…何故、ランボを連れて逃げようとしたのか。それを聞いてしまうと。頭の中で、少し残ったアイデンティティが警鐘を鳴らした。(何故?)分からないことだらけだ。少し頭がふらつく。今更のように眠気が襲ってきた、本当に今更。でも、いま寝てしまうと二度と起きてこられないような、そんな気さえする(ランボの様に)。それが、怖い、怖い?ツナの微笑んだ顔を見れば見るほどに、ツナに殴られたときに吹き飛んだ感情が、戻ってくる気がした。いや、実際に戻っている。
ぐわんぐわん、大量の映像大量のイメージ、大量の感情に頭が振り回されている。………。
暫くの沈黙。


「俺は、」


リボーンが口を開いた。そしてすぐに噤む。


「何?」


沢田が、まるで聞こうとしている事が分かっているかのように。見ているものをほっとさせるような美しい笑顔でほほえんだ。


「……なんでもねー」
「そう……これ美味しいよ」


そういってチョコレートを差し出して、困ったように、残念そうにわらった。


「笑ってばっかだな」
「そーかな?…やっぱり嬉しいんだよ」
「そんなおもしれえ顔してんのか、俺」
「おもしろい、っていうか。ねえ?」


そういって獄寺を振り返る。急に話を振られて驚いたのか、獄寺が口をニ、三度開閉した。ちらりとリボーンを見る。


「………俺は、心配です」
「うーん、そりゃあ今すぐに倒れそうな顔してるけど。獄寺くんは嬉しくない?リボーンがこんな顔するなんて」
「…………驚いてます」


なんと答えたらよいか、と思案して獄寺が正直な感想を述べた。沢田がくすくすと笑う。


「どんな顔してんだ?」
「…なんていえばいいかな。たとえば、…置き去りにされた迷子みたいな感じ。でもねえ、ずっと人間らしいよ。昔より、ずっとかっこいい」
「山本もおんなじこといってたな」
「ああ、山本も言ってたんだ…本当に、人間らしいよ。今が一番」
「皮肉だな」
「そうかな?」


リボーンがまた黒い液体に目を落とした。自分の表情を確かめようとする。少しだけ残った液体は、きちんと姿を映さない。どうせ、酷い顔なのだろう。


「ランボには、会わないの」
「…………」


ぎりぎり、と心臓に痛みが走った。こんなにも、痛いと思ったのは初めてかもしれない。いくら怪我をしようと、ここまで痛いと思ったことはない。無意識にまた顔が歪んだ。


「会いに行ってあげなよ」
「……行っても、寝てるだけだろ」
「分かんないよ、もしかしたら目を覚ますかも」
「俺が、行けるわけねーよ」
「どうして」


どうして、など。分かりきっている。自分がランボに何をしたかなんて、別に、ランボを連れて逃げなくてもよかった。俺はただ強迫観念に刈られて、いらない行動をしただけ。ただの滑稽な自己満足だ。ピエロのように、馬鹿みたいに走り回っただけ。……ランボを助ける事すらできなかった。ランボをいたずらに追い詰めただけで。俺が、俺がいたから。ランボは飛び降りなくて、すんだのに。


「………ああ、そういえば。俺が殴った訳は分かったの?」
「……………お前の顔に泥を塗ったから」
「はずれだ」


沢田が肩をすくめる。


「別に俺はそんな事くらいじゃ怒んないよ」
「じゃあなんだってんだ」
「…これが分からないようじゃリボーンもまだまだ成長してないよ」
「…………」
「一ヶ月、放置してたんだから分かると思ったんだけどな」
「……なんで殴っんだ」
「さあね、自分で考えなよ」


リボーンがまた不快そうに眉をひそめた。


「ランボに会いに行って」
「…無理だ」
「往生際悪いなあ。…無理なわけないじゃない?」
「どうして俺が会いにいかなきゃなんねーんだ」
「どうしてもこうしてもないだろ」


微笑みを消して怒ったような声を出す。リボーンがまたどこかが痛むような顔をした。


「会いに行きたいくせに」


挑発するように、沢田はソファに体を沈めた。


「……何で」
「ほんとに何でか分からないの?」
「会いたくなんざ、ねーよ」
「うそつき、今更だね」


刺々しい温度の低い声でやり取りする。獄寺がまた心配そうに二人を見た。…何かあれば止めに入るつもりなのだろう。


「うるせえ」
「じゃあ、自分で自分がどうしてここまで衰弱しているのかも分からないんだね」
「分かったら世話ねーぞ」
「鈍感にもほどがあるよリボーン。あんなにいつもは勘がいいのにさ、まだまだ子供だね」


沢田が口を尖らせて、目に鋭い光を宿す。リボーンもいつものように(ずっと忘れ去っていた)鋭い眼光で沢田を睨んだ。


「………帰る」
「勝手にしなよ、意地っ張り!」


機嫌を損ねた、とばかりにリボーンが立ち上がった。ボルサリーノをぐしゃ、と掴んでつかつかと歩いていく。扉に手をかけた。
…そのとき、背中に沢田の声がかかる。


「……リボーン、認めたくないんだろうけど」
「まだなんかあんのか、うるせーんだよ」


怒気を孕んだ、今にも拳銃を出しそうな顔で振り返る。沢田はソファに体を沈めたまま。怒ったように、挑発的にわらった。(逆光になっている、おそろしく綺麗だ)


「お前は、ランボのことが好きなんだよ」












































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