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アイデンティティ











薄暗い室内は、まったくの無音。キィィンと耳鳴りがする。もう日は落ちてしまったのか、窓の外には青灰色のフィルターが掛かっている。二階にある、ストリートを見下ろす事の出来る不便の無い自室。リボーンはベッドに横たわったまま、横目でだんだんと色を増していく青灰色を見ていた。寝返りをうつ。ギ、とベットが小さく音を立てた。
まだ眠るのには早すぎる時間だ、それでもリボーンは堅く目を閉じて眠ろうとする。暫くして目を開けた。カレンダーが目に映る。寝転んだまま、深く溜息をついた。濃い隈の浮いた顔にやつれた頬。誰が見ても明白に、憔悴している。
……1ヶ月、と1週間。
長いのか短いのか。俺には、長すぎる。終わりの無いマラソンを走らされているようだ。一瞬が一時間にも、一日にも及ぶ。毎日自分が何をして過ごしているのかも分からない。一日ベッドに寝転がり、眠っては一時間後に悪夢で飛び起きる。もう歩くのも億劫だ。
ツナからの連絡もない。…もう見限られたのだろうか。当たり前、か。ハッと自分自身に嘲笑。長く使っていない声帯が掠れた音を出した。俺はこのままこの部屋で衰弱死するんだろうか。本気でそう考える。自分がどうしてこういう風になっているのかも、もう分からない。おそらく今の自分は、2ヶ月前とは大違いだろう。面影すらないかもしれない(なにしろ鏡を見ないので、よく分からない)。
もしかしたら、自分はもう死んでいるのだろうか。ここで息をしているのは、誰だ?
気が付くと部屋の中はほとんどが暗闇に沈んでいた。青灰色のフィルターも、黒に侵食されている。…………。もう死など怖くないのかもしれない。未だ鮮明に思い出す、ランボのわらった顔。窓の外に消えた足。雨の静かな騒音が頭を満たす。
もう死んだのかもしれない。ランボがどうなったのか、俺は知らない。否、知る勇気が無い?ああもう俺は誰なんだろう。俺、という人格が青灰色のフィルターが黒に侵食されるように、何かに浸食されている。アイデンティティが吹き飛ばされてしまったかのように、だ。
昔の俺ならばどうしただろうか?もう昔の俺の存在すら分からない。存在していたのか?長い間誰とも喋っていない気がする。自分の存在が認識できないのはそのせいなのだろうか。外道の俺には、相応しい死に方かもしれない。敵の銃弾に倒れたわけでもなく、病気で倒れたわけでもなく。原因不明で衰弱死。いや、原因は明白。…自分が救えなかった馬鹿な男のせいで。そう、どこまでも相応しい。一番馬鹿な死に様だ。


「まだ六時前なんだけど…もう寝てるの。それとも、まだ寝てるの?」


パチリと音がした。光に目が眩む。……鉛のように重たい体を緩慢な動作で起こした。


「わお、君のそんな顔が見れる日が来るとはね」
「…………雲雀」


使っていない声帯が、掠れた声を出す。どくん、と心臓が波打った。(何故?)雲雀が隅に置いた椅子を引きずって、ベッドのそばに座る。


「牛より、君のほうが医者要るんじゃないの?」
「…………何故、ここに居る」
「居ちゃ駄目なの」
「俺は見限られたんじゃねーのか」


雲雀がきょとん、と目を開いた。それから口の端を歪めてすこし笑う。


「随分頭の悪い事を言うんだね」
「…………うるせーよ」
「久しぶり、元気ではないみたいだね。…一ヶ月以上ぶり、かい?」
「見限った訳じゃねーのか」
「…綱吉はめったな事じゃ君を手放さないと思うけど。そんな事も分からないの」


リボーンが、一瞬だけ険しい表情を緩めた。ああよかった、まだ俺のアイデンティティは残っている。雲雀が細身の煙草に火をつけた。紫煙が鼻を掠める、懐かしいにおいがした。そういえばもう何週間も煙草を吸っていない。


「何の用だ?」
「牛の事は聞かないんだね」


煙草で、すこしノイズまじりの落ち着いた声。リボーンが目を見開いた。真っ黒な瞳。


「……………」
「僕は、正直君のこんな姿見たくないね」
「……………」
「君はもっと強いと思ってたんだけど」
「強い…?俺がか」


自嘲。……雲雀が深いため息を吐いた。


「君に対しての見解を改めないといけないみたいだね」
「……………」
「牛は、生きてるよ」


静かにそう言う。リボーンが置き去りにされた迷子のような(否、もっと歪んだ)表情で俯いた。雲雀がまた深いため息を吐く。


「まあ、本当に生きてるってだけだけどね」
「…どういうこと、だ?」
「植物人間ってとこさ。もしかしたら今日目が覚めるかもしれない、永遠に目が覚めないかもしれない」
「……………」


リボーンが不健康な色になった薄い唇を咬んだ。雲雀が目を細めて霧散していく紫煙を見る。


「……君のせいでもあるよね」
「俺のせいだ」
「全部が君のせいではないけど」
「…俺が、よけいな事をしたからだ」
「…………君は、」


雲雀が言いかけて口を噤む。リボーンは泣き出しそうな顔で俯いたままだ。


「綱吉が言ってた通りだね。とりあえず、綱吉の伝言」
「ツナ、が?」
「……リボーンはきっとすごく衰弱していると思うんだ。だってさ」


沢田の口調を真似して雲雀が暗唱する。


「本当に衰弱しているから驚いたよ、…今にも死にそうな顔してるね」
「…ツナは、何て」
「今までほったらかしにしてたのは、俺なりの罰だよ。だって」
「罰…」
「きっとリボーンはお腹すいてると思うから、チョコレートでもあげてね」


少しおどけたような口調で、相変わらず沢田の声真似をする。胸ポケットから板チョコをだした。パキリ、と小気味よい音がなる。割れたチョコレートの半分を差し出した。リボーンが更に痩せてほぼ骨と皮だけになった華奢な手でそれを掴む。


「食べなよ」


雲雀が促す。パキ、と小さな音が鳴った。甘い味が体中に染み渡る。


「続き。……俺が言った事ちゃんと考えた?」
「……………」


黙り込んだ。パキ、パキと断続的にチョコレートが割れる音がする。


「で、もうひとつ」
「まだあんのか」
「……とりあえず今から俺のところに来て、だって」


リボーンが目を伏せた。


「無理やりでも構わないそうだけど」
「…俺が、どの面さげてツナに会いにいけるってんだ」
「まあ君が自主的に来ないのなら、気絶させてでもつれて行くけどね。今の君に勝っても全然嬉しくないんだけど」
「……………」
「牛の所にも行かないつもり?」
「行けるわけ、ねーだろ」


雲雀がはあ、と溜息を吐いた。


「僕は君を買いかぶりすぎてたみたいだね。綱吉が言ってた意味がよく分かったよ。精神面はまったく強くなかったんだね」
「勝手に落胆してろ」
「まだ憎まれ口を叩く余裕はあるんだ?…落胆してる訳じゃないんだけど」
「…………」
「呆れてるのさ」


気取ったように肩をすくめる。綺麗にくすりと笑った。


「別に僕は牛がどうなろうとしったこっちゃないんだけどさ、君がこのまま死ぬのは御免だね」
「何故」
「君がちゃんと立ち直ったらもう一度勝負でも申し込んでみるよ」
「……………立ち直る、」
「ま、今はとりあえず僕と一緒に来て、ボスが呼んでるんだから」
「…………」


雲雀は痩せた二の腕を立ち上がって掴んだ。リボーンは動こうとしない。


「……往生際が悪いよ、赤ん坊?」


にやり、と笑う。リボーンが不快そうに眉をひそめた。


「何嫌そうな顔してるの。…精神年齢は赤ん坊のまま成長してないでしょ?そんな顔できるくらいなら、歩く元気ぐらいあるんでしょ。ボスに会うんだから身なりぐらい整えたら?それくらいの時間なら待っててあげてもいいよ」
「……………」


はあ、とリボーンが観念したように溜息を吐いた。相変わらず体は鉛のように重い。久しぶりに、ボルサリーノを深く被った。










































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