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陽だまりの中の絶望











カン、カンとヒールが階段を叩く音がする。いまどきエレベーターのついていない古ぼけた安アパート。
ツナに、見つかった。まさかあの時間帯にツナがでてくるとは思わなかった。普通は、出てこない。それに、この時期だ。仕事が山ほど溜まってんだろう。…運転してたのは雲雀のようだったが。サボり…じゃねぇな。超直感かなんかだろう、うっとうしい(本気で思ってしまう、今ツナの敵の気持ちがよく分かった)。
やべぇな、俺達がまだこの街に居るってことがバレたってことは、猶予は少なく見て二日。移動しなきゃなんねぇ…。ここに来る時は何とかなったが、出る時まで都合よくないかねぇだろう。
スカートが足に纏わりつく、うっとうしい何から何まで。随分とイライラしているようだ、どこか人事に認識する。八方塞、四面楚歌。こういう状況の事をいうのだろう。もう俺は完璧に頭がイカれちまってる。
ギィ、とすこし耳障りな音を立てて、扉が開いた。ワンルーム、小さな部屋で、全てが見渡せる。
開いていない白いカーテンの掛かった窓から差し込む、太陽の光が当たる場所に、放心したように地べたに座って窓を眺めているランボが視界に入った。どうやら、リボーンが帰ってきたのにも気付いていないようだ。


「……ランボ」


表情が抜け落ちた顔で、ピクリとも動かない。


「おい、聞いてんのか?」
「………ああ、」


吃驚した様子も無く、緩慢な動作で首を回して、リボーンを見た。


「おかえり」
「…………」
「………おかえりって言われたら、ただいまって返すべきじゃないの」


どこか拗ねたような(それでも顔からは表情が欠落している)声で、ゆっくりと一音一音を噛み締めるように、喋る。
リボーンは買ってきた物を無造作に小さな机へ置いて、ランボの隣に腰掛けた。…ふと横を見る。


「お前っ」
「………何?」


左足、太ももに何本もの線が入っている。真っ赤なインクで描いた様な線は、少し黒く固まっていた。力なく伸ばした両足の間に、薄く血のついた包丁が置いてあった。 リボーンは包丁を掴もうとするランボの左手を遮り、ランボの手の届かない位置に置いた。


「何でこんな事ッ」
「…………ああ、これのこと」


すぅ、と傷口を人差し指でなぞる。殆ど乾いた血は、少し伸びて他の皮膚に付着した。リボーンは、やはり今にも泣き出しそうな顔をして、消毒液を取りにいこうと立ち上がった。もちろん、包丁は元の場所に仕舞う。
直ぐに消毒液とガーゼを取ってきて、治療を始めた。ランボは抵抗もしない、ただ表情の抜けた顔で窓を見上げていた。


「深く切れなかった」


感情の篭っていない声で、淡々と事実を読み上げるように口を開く。目は窓を見たまま。陽の光が眩しいとも思わないらしい、陽の当たった顔は、陽だまりに居る人の顔ではなく。まるで日陰にいるような顔だった。


「馬鹿みたいだよね、死にないなら首を切ればいいのに。脚でも深くは切れなかったんだ。死んだほうがいいのに、あれだけ痛い目にあったのに。脚を少し切るくらいで痛いだなんて、本当馬鹿みたいだ」
「……それが当たり前なんだ。死にたいと思ってる奴なんていねぇんだよ」
「そんなの嘘だよ。現に俺はこんなにも死にたいのに」


ランボの感情の抜け落ちた顔に、ふと微笑が漂った。
今にも、まわりの空気と同化して消え去ってしまいそうな雰囲気に、リボーンは思わずランボの青白い手を掴んだ。
…ランボを、一人にするんじゃなかった。死んでしまわなかっただけマシ。真剣に、やべぇ、なんでこいつはこんなにイカれてんだ?そんなの明白だ。こいつが、どんな拷問を受けたのかはしんねぇが、ああ馬鹿だ、俺は。もう逃げ切れるハズなどねぇのに。
でも、…それでも、


「本当に死にたいなら、深く切れねぇはずがねーんだ」
「……………」


床に力なく投げ出された掌を、力を入れて握り締める。…それを握り返してくることは、ない。


「ランボ」
「……リボーンは、今ファミリーに帰っても大丈夫だよ」
「何でだ」
「俺は、ボンゴレの情報は喋ってないんだよ」


またきつく掌を握り締める。ランボの目は窓を向いたまま。さんさんと差し込む光が、相変わらず似合わないと思った。
昔の(といってもまだ一ヶ月もたっていないんじゃねーか?)少ないランボの記憶を掘り起こす。…あれほど、陽の光が似合うマフィアも珍しいな。そう思った事があったはずだ。


「だから、リボーンは帰っても大丈夫だよ。…ボスがちゃんとしてくれるから」
「…ランボ」
「俺も、ボスのもとに帰らないと…………………ねぇ、ボスは無事?」


思いつめたような口調になる。ボスは無事、その言葉の時だけ、震えた泣きそうな声になった。リボーンも、苦しそうな、泣き出しそうな顔をした後、泣き笑いのような表情を作った。


「…………ああ、無事だ」
「よかった、まだ大丈夫だったんだね…よかった」


その声で、ランボはここに来て、初めて、にっこりと笑った。リボーンは俯き、また力を込めてランボの手を握る。
…馬鹿みてーだ。
本当のことを教えてやりゃあいいのに。どうせすぐに分かる事だ。…でも。今のランボにそれを言ってどうする?お前のせいでボスは命の危機だ、なんて。本格的に狂ってしまう。また脳髄にあの笑い声が反響した。…もう、聞きたくないのだ。あそこまで狂った狂人の声など。もう見たくないのだ。狂人のどんな海よりも深い色の目など。
俯いたまま、唇を強く噛み締める。
俺はこいつに何を期待しているのだ。こんな嘘をついたところで到底逃げ切れるとは、思えねぇ。それどころか、ランボはさらにファミリーへ帰りたがるだろう。殺されると死って尚、危険を話す為に。俺は、こいつを殺されたくないのだ。何故、かと聞かれても。未だに自分の中でその答えはまったくといっていいほど、でない。…ただ、あの背筋を這ってくるドス黒い感情が、自分の脳を支配しているのを感じるだけ。


「ねぇ、帰らないと」
「………」
「ボスが死んじゃうよ」
「………」
「ねぇってば」
「………」
「リボーン、…手、痛いよ」
「…悪りぃ」


手の力を緩める。それでも、手は離さずに、どこにも行ってしまわぬようにランボを捕まえたまま。
…死なせたく、ないのだ
ああ馬鹿みたいだ、本格的に。


「……リボーン?」
「何だ」
「本当にボスは無事なの」
「…っ……ああ」


嘘をつくのに、ここまで息苦しい思いをしたのは、生きてきてはじめてだな。まっすぐにランボの透き通る緑の瞳が覗き込んでくる。リボーンは、ランボからは見えない位置で、強く自分の手を握った。


「…なら、俺は帰らないと」
「駄目だ」
「……………どうして?」
「駄目なんだ」
「だから、どうしてだよ」
「殺される」


吐き出すように、早口で言う。ランボがひどく奇妙な表情を作った。


「俺の命なんて、単なる裏切り者の命さ。ボスの命の方がよっぽど大事なんだよ」
「…ランボ」
「大体、あんたが俺の命を心配しているところから、可笑しいんだ。いつもみたいに、無視すればいいのに。変だよ、リボーン」
「………」


そう言われると、反論する言葉を失う。口を閉ざしたリボーンを、ランボがまた泣きだしそうな顔で見て、立ち上がった。
…リボーンが制止しようと、手を伸ばす前に、ばたんと大きな音を立てて、前のめりに倒れた。


「おい、ランボ!」
「……うまく、歩けない」


潰された左足を困惑した顔で見た。擦ったのだろう、膝に傷ができている。半無意識にリボーンが伸ばした手を、ランボが払いのけた。
…払いのけられた手に、俯いて視線を落とした。口に鉄の味が広がる。唇が切れたようだ。ぎゅっと堅く手を握りしめる、少し伸びた爪が皮膚に食い込んで、血がにじんだ。
ランボが、這って壁際にたどり着く。残った左手で、壁につかまりながら、そして切り傷の手当ての後がある潰された左足を引きずりながら、扉にたどり着いた。また扉がギィと耳障りな音を立てて開く。
リボーンは拳を握りしめたまま、窓からの陽だまりで、俯いていた(まるでさっきまでのランボのように)。
ランボは、少し振り返ってから、扉の外へ出た。……もう、扉が、閉まる


「違う」


ピタリと、少しの隙間を空けて、ランボが止まった


「……違げーんだ、お前の、ボスは、」


ガチャリ、扉が閉まった。しばらくして、どん、と何かが倒れ掛かる音。リボーンが立ち上がって、ドアノブに手を掛けた。それでも、扉を開けようとはしない。
扉越しに、すすり泣く声が聞こえる。リボーンもズルズルと扉に体重をまかせ、重力に逆らわずに座り込んだ。
まるで、自分を責めるように、くぐもったすすり泣く声が脳に木霊する。
耳を塞ごうと、力を入れた両の手は、まったく呼びかけに答えず、地面に投げ出されたまま。
扉を背にして、うなだれたまま。










































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