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真冬の太陽











朝目覚めて、一番初めに視界に入ったものは、いつもの部屋とは違う天井。毛布の中でも身震いするくらい寒い。 …どうして俺はここにいるのか。少し寝ぼけた頭で、0.5秒虚空を睨んだ。次の瞬間、勢いよく上半身を起こす。暖房器具が無い真冬のボロアパート。外かと思うくらいの寒さ、その床に。死んだように不自然な体勢で寝転がっているランボが視界に入った。
現実逃避をするように、堅く眼を瞑る。どうやらもう眠気は飛んだようだ、もう睡魔が襲ってくる気配は無い。


「うぁ、」


襲ってくる自己嫌悪の波に逆らえず、片手で顔を覆う。
相変わらずランボはピクリとも動かない。仰向けになった顔、唇は真っ青だ。頭を強く振って起き上がった。


「……おい、ランボ」


今まで自分が包まっていた毛布と、ソファに置きっぱなしの毛布を二枚、ランボにかけた。ゆさゆさと何度も揺さぶる。


「ランボ」


自分の声が、自分の声じゃないみたいに感じる。それほどまでに悲痛な響きを持った声が何度も寒い部屋に響く。…恐ろしい想像が、何度も頭を横切った。何度も、何度も夢で見た光景が繰り返し脳の中で高笑いをする。悪夢、今度は俺が加害者。ランボの体を揺さぶる自分の掌がカタカタと震えているのに気がついた。これは、寒さのせいだ。そう思い込む。


「寒い」


透き通った緑が、訴えるような視線を寄越した。昨日の様に、(いや、今日の夜か?)ケタケタ笑い出すことはなさそうだ。小さく溜息をついて、ランボの頬に手を伸ばす。驚くほど冷たかった。心臓を突き刺すような自己嫌悪。
リボーンはまた、顔を歪めて、ランボの頭を撫ぜた。ランボは虚空を見つめて、ぼうっとしている。そんな様子を見て、リボーンは更に顔を歪めた(もう直ぐ泣き出しそうな、子供のように)。


「ねぇ、寒いよ。…ここは何処なの」
「俺の、隠れ家だ」


そう答えて、立ち上がった。ランボが視線だけでその行動を追う。リボーンは冷蔵庫を空け、ミルクを取り出した。マグカップにいれ、電子レンジをセットする。肌を刺すような寒さに、部屋の中でも息が少し白い。再び自己嫌悪に襲われる、電子レンジが立てる小さな機械音が部屋を支配した。背中に視線を感じて、振り返る。


「ランボ」
「あんたが、ちゃんと俺の名前を呼んだのって初めて?…でも、最近聞いたような気がするなあ」
「……………………………お前、ちゃんと話せるのか」
「馬鹿にしないでよ、俺だって喋れるさ」


カタカタと奥歯が噛み合わないので、すこし震えた声になる。暖房器具と灰皿、あと毛布。買いに行かなければならないものを、頭の中に書き込んだ。
ランボの随分と久しぶりに聞いた静かな、正気を保った声が、耳に心地よい。そんな事を考えてしまう自分を一瞬否定し、…一瞬の後、恐怖に駆られる(この俺に怖いだなんて感情があったとは)。また、狂うのか。今は正気でも、また。アハハハハ、と昨日の平坦な声が頭に蘇った。堅く眼をつぶってそれを否定する。
チンと、電子レンジが場違いに明るい音を立てた。取り出したマグカップからは湯気が立っている。


「飲め」
「………天変地異の前触れ?」


静かに苦笑しながら、恐る恐るマグカップに手を伸ばす。不器用に左手で掴んで、上半身を起こした。寒さからか、手と一緒に薄く幕を張ったミルクも震えている。緩慢な動作で口をつけて、一口飲む。少し出た喉仏が上下に動いたのが包帯の上からでも分かった。


「あったかい」


しみじみとかみ締めるように、呟く。リボーンがあからさまにほっとした表情を作った。そんなリボーンを横目で見て、ランボが驚いたように眼を見開いた。


「何だ」
「あんたが俺の前で表情を崩すなんて、夢かなと思って」
「うるせーよ」
「………俺は、助かったんだね」


ホットミルクをぐいと呷る。半分ほど飲んだところで、動きを止めてリボーンを見た。
まっすぐにランボの意志のある瞳が、俺を捉えた。突如、脳にデジャヴュにも似た感情の洪水が押し寄せる。今、こいつは本当に正気なのだろう。その事実がとてつもなく嬉しい。そんなことを考えている自分を否定したい気持ち、喜び、自己嫌悪、喜び。
ぐしゃり、と歪みそうになる顔を必死で普段の顔に保とうとする。10数秒の沈黙。
静かに、ランボが表情を変えずに残っている右目から大粒の涙を零した。ひとつ、ふたつ、みっつ、ぽろぽろと一筋だけの涙がこぼれて、小さな水音とともにホットミルクの中へ消えていった。


「……助かったんだ…………俺は、助かった」
「ああ」
「ねぇ、俺は今生きてるの?」
「当たり前だ」


小さな押し殺した嗚咽、顔を隠そうと下を向いた拍子にホットミルクが少し毛布にこぼれた。
…これからは、ずっと正気でいてくれるだろうか。下を向いて泣いているランボを、複雑そうな表情で見る。これから、どうするべきか。こいつの回復を…でも、この怪我は治らない。それに、これほどの傷で海外に渡ろうものなら、即刻ファミリーに付き返される。密航しようにも、ランボの体じゃあ無理だ。それより、ここから一歩先にでただけでも呆気なく見つかるだろう。それでも、ここに居続けられることなど絶対にない。そのうち、ツナが見つけるだろう…それは、自分の教え子だからこそ、よく分かる。


「俺は、どうしてここに居るの」
「覚えてねぇのか」
「…………俺は、命を狙われてるんだろう?」


泣き止んだらしい、ランボが充血した紅い眼をして、顔を上げた。何かを確信したように、充血した眼には確かな意志が宿っている。


「お前は、本当に、」
「……想像通りさ」


また泣きそうに表情を歪めた。その表情のまま、吐き出すように続ける。


「もう、思い出したくないんだ」
「思い出さなくていい」
「…………………………無理だよ」
「無理じゃねぇ、………逃げるんだ」
「この体で?」


歪んだ表情のまま、口元だけで微笑する。上ってきた真冬の太陽が、カーテンを通して、ランボの顔を少し照らした。影が、濃くなる。ランボは眼を伏せて、失ってしまった右腕を見た。そして、視線を上げてリボーンを見る。微笑していた口角を下げて、唇を強く咬んだ。


「俺がなんとかするから」
「…なんとかって、何?もう無理だよ、逃げられるわけ無い。逃げたくも、ない」


最後の言葉を、早口で、毒を吐くように強く言い切る。残された片方の手で、強く毛布を握った。


「俺は、逃げたくない」
「…………何でだ」
「裏切り者に、生きてても、いいことなんてないよ」


自嘲する様に哂ったランボに、リボーンは言葉を失った。
生きていてもいいことがない、それを否定する言葉を自分は持たないのだ。…ランボに逃げる意志が無い。


「殺されるぞ」
「……あんたは、どうして俺を匿ってるの?俺の事なんて、目にも入ってなかったじゃない。ねぇ、リボーン。…俺をどうして助けたの」
「………俺が聞ききてーよ」


眉をひそめて、不快そうな顔を作る。…自分自身に向けて。
何故俺はこんなにも、こいつを助けたいのか。何故、ファミリーまで捨てても、こいつを助けたいのか。俺にとってファミリーは人生だ。俺の存在意義を捨ててまで、何故今まで無視していたこいつを庇う?


「あんたになら、殺されてもいいや」
「……何を、」
「だって、あんたは俺を匿っているんだろう?…なら、リボーンも殺される。俺の死体を差し出せば、文句を言う人は…いないと思う」
「無理だ」
「あんたが、俺を殺せない訳ないだろう?せっかく俺を助けてくれたのに、……………………ごめん」


またきつく毛布を握りしめるランボの手に、視線をずらした。小さく、それでも分かるくらいに震えている。…寒いのか、それとも。半分だけ残ったホットミルクは、もうほとんど冷めてしまっている。朝の清清しすぎる空気が、ひどくこの空間に似合わないと思った。この、雰囲気にも。この言葉にも。


「……………死なせねーからな」
「リボーン」
「死なせなねーから、」


自分の声も、小さく震えていることに気がついた。………ほとんど無意識に、両手を伸ばす。
か細く震えるランボの体を強く抱きしめた。
肩越しに見えた窓からは、相変わらず清清しすぎる朝の光が差し込んでいた。…眩しさか、否か。眼を伏せて、こみ上げてくる感情を抱きしめる腕に力を込めることで、やり過ごす。腕の中のランボの体は、どんな女よりも華奢で、弱弱しく思えた。










































>>Ⅺ

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