ボス











「今日中に見つけてって言った筈なんだけど」
「……申し訳有りません」


バサリと乱暴に書類の束を机へ置いた。沢田は足を優雅に組み替えて、目の前で直角に腰を曲げている部下へと少し大きな溜息をついた。獄寺が沢田から向かって右側の席で、同じ書類に眼を通している。


「もういいよ、下がって。もっと人員を増やして徹底的に捜索を。…まさかとは思うけど、一応海外へも眼を向けておいて」
「イエス、ボス」


もう一度深々と礼をして、早足に退室した部下に目もくれず、もう一度机に散らばった書類に眼を移した。
…失踪して、半日以上。大した事がない時間でも、リボーンにとっては無限にある時間だろう。眼を覚ましたランボがどんな状態だったか、せめてそれさえ分かれば、何処まで逃げたかなんて分かりやすいのに。もし、ランボ自身に逃げる意志があったなら(重症患者だが)、ずっと遠くへ逃げる事も可能だ。ああ厄介だなあ。よりにもよってあのリボーン。…育てられた俺だからこそ、この厄介さは誰よりも深く身に染みている。リボーンがボンゴレを裏切って逃げた、それはそれで物凄く厄介だ、厄介すぎる。でも、それよりも大変な事は、
あんな状態のランボをリボーン一人に任せることだろう。…おそらく、ランボの精神はギリギリだろうから。ランボが死んじゃわなければいいけど。まあ、とりあえずは、まだこの街にいてくれれば対処の仕様はあるんだけどな。


「ドン・ボヴィーノは?」
「まだ危ない状態です」
「六発食らったんだったよね」
「ええ、流石に今回ばかりは助かるかどうか」
「…死んでもらっちゃ困るんだけどな」


首を左右に振って、煙草を取り出した。獄寺が、すばやくジッポを取り出して火をつける。肺の奥底まで満たすように、深く煙を吸い込んだ。銘柄は、リボーンと同じ。
……裏切りを、許す事は出来ない。もし、リボーンが今ここに帰ってきても。どうすれば彼らを助ける事が出来るだろうか。このまま見つけずに、逃がす?それでも、もしドン・ボヴィーノが目覚めたら(助かったらの話で)捜索しなきゃならないだろうし。ランボが漏らしたのがボヴィーノの情報だけなら、ドン・ボヴィーノが決める事なのだが。ランボがボンゴレの情報を…考えただけで眼が回る。俺はきっと彼らを殺せ、と命令を出すのだろう。流石のリボーンでも重症のランボを守ってボンゴレからは逃げられない。唯でさえでも問題が多くて困ってるのに、いい加減にしてよね。


「獄寺くんはさ、リボーンを見つけたい?」
「………ええ、もちろんです」
「なら、リボーンを殺したい?」
「リボーンさんを、ですか」


深い困惑の色を浮かべた、…獄寺くんって本当に表情に出やすいよね。せっかく賢いんだから、もうちょっとそれを使えばいいのにさ。口の中だけそう呟く。もちろん、俺は獄寺くんに満足しているけどね。彼ほど、忠実な部下はめったにいないし、賢いし(使い方はともかく)、通訳だってなんだって一通りこなせる。ただ、そこに私情を交えると表情に出やすくなるだけ。
リボーンも、これくらい単純だったらいいのにさ。まあ、ある意味でリボーンだって拍子抜けするくらいに単純だけど。


「俺はね正直言って、ランボも、リボーンも殺したくないんだ。…裏切り者なのにね」
「……リボーンさんは、どうして殺されると分かっていてランボを庇っているんでしょうか」
「………」


煙草を灰皿に押し付けて(沢田はいつもの威厳のあるボスの顔ではなく)ずっと昔の心優しい少年だった頃の顔に戻って、頬杖をついた。困ったように笑って、少し遠くを見た。この沢田の表情は、獄寺や他の幹部にしか見せない。彼の根の部分なのだ。


「………リボーンは、ランボのことが好きなんだよ」


ガタガタタ、強い風に窓が大きな音を立てた。獄寺がさらに顔をしかめる。


「リボーンさんが?」
「それなら、この行動にも説明がつくと思わない?」
「それは…そうですが、」


言葉を選ぶように口を噤んだ。まっすぐに沢田の色素の薄い眼とかち合う。


「ありえないです、あそこまで無視してたのに」
「リボーンがどうしてランボが好きかなんて、本人にしか分からないよ。それに、無視してたのはリボーンなりの感情の表し方でしょ」
「…男ですよ?」


本当に困惑した声で、尋ね返した。
まあ、リボーンはゲイって訳でもないし。もちろんバイでもなかった筈だけども。理屈じゃないんだろう。俺と、獄寺くんのように。


「…リボーンは、ずっと無意識にランボが好きだったんじゃないかな」


今回の件で、明るみに出たこと。まあ、なんとなくは気付いてたけどね。
リボーンが徹底的にランボを無視するのは、ランボの眼を常に自分に向けさせる為だったんだろう。今、リボーンが凡そリボーンらしくない行動にでているのは、自分の物だと思っていたランボが傷つけられたから。…それを、その行動を無意識に、無自覚にやっているというところが問題なんだ。


「リボーンは、ああ見えて結構子供なんだよ」
「……子供、ですか」
「うん、自分の好きなものは常に自分の手の中じゃないと嫌なタイプなんだ」
「それは、分かります」


ほんの少し納得したように、視線を右上へずらした。ふんふん、と小さく頷く。


「どうして十代目は、お分かりに?直感ですか?」
「直感、って訳じゃないよ。リボーンとはもう何年も付き合ってるんだ、それくらい分かるよ」
「………そうですか」


釈然としない、複雑な顔で獄寺が顔を背けた。くつくつと沢田が声を押し殺して笑う。
考えてる事、本当に筒抜けだよね。…リボーンも本当にこれくらい単純ならいいいのにさ。今頃リボーンとランボはどうしているだろうか。きちんと眠れているだろうか、とにかく、ランボを大事に扱ってるだろうか?
ふと自分の考えてる事の矛盾に気付き、苦笑する。獄寺が不思議そうな顔でその表情を見た。
ボスが、裏切り者の心配をするなんてね。俺もドン・ボヴィーノのこと言えないなあ、贔屓のしすぎだ。…まあ、これもお前の教育の賜物、かな。リボーン?










































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