デッドオアアライブ











カチャリ、カチャ
スプーンとフォークが皿に当たって立てる音が小さな部屋にやけに響いた。同じく小さな机に、二人分の食事。機械的にリボーンが食事をしている。もうひとつ用意されたパスタはまったく手を付けられることなく放置されている。
ごめんなさい、の発作は終わったよーだな。つい26分前から、まったくのだんまり。スプーンとフォークを皿の上にそろえて置くと、部屋を完璧な沈黙が支配する。キー・・・ンと耳鳴りがするほどの静けさ。牛は微動だにしない…寝てるわけではなさそーだが。華奢な(でもひょろ長い)体をせいいっぱい縮めて、相変わらず部屋の隅でうずくまっている。
触ろうとすれば、異常なほどに怯え、飯も喰わねぇ。何で俺はこんな厄介な奴匿ってんだ?イかれてる。 長い長い溜息をついて、立ち上がった。ピク、とランボが少し動く。食器を持ち上げて、備え付けの小さなキッチンの流しに放り込んだ、随分と乱暴な音が鳴る。


「いつまでそうしてるつもりだ?」
「………」
「おい、聞いてん「ころして」」


やけにハッキリとした声が響いた。……は?
殺して、だと?ふざけてやがる。


「何であんたがここにいるのねえあんたならできるだろう」


今さっきまでの平坦な口調ではなく、きっぱりと意志が宿った声。
随分と久しぶりにこいつの声を聞いた気がする。ただし、言っている内容はいつもの真逆だが。ふっと力が抜けた気がして、さっきまで食事をしていた椅子に座りこんだ、煙草に火をつける。ああ、ようやく正気に戻ったってとこか。真剣に狂ってなくてまだマシだ…いつまで続くか、


「何故、俺がお前を殺さなきゃなんねーんだ?」
「殺してって言ってるんだ!」


…悲鳴の様な声が、耳を劈いた。ランボは顔を上げない。


「うるせーよ、……お前は俺に殺されなきゃなんねー理由があんのか?」
「………」


まただんまり。リボーンは小さく左右に首を振って天井を仰いだ。紫煙が空気の中に霧散していく。
殺されなければならない、理由。明白だ、オメルタを破ったから。この調子じゃ、まさかボンゴレの情報も漏らしたんじゃねーだろうな。…もし、ボヴィーノだけなら、まだ牛には馬鹿みてーに甘いボスからのお目こぼしがあるかもしんねーが(それもまた一万分の一くれーの確立だ)。こいつは殺される、それもこいつの大事な仲間に。そして、俺も。まだ今なら引き返せる、なんとでも言えるはずだ。
それでも、
俺が今コイツをボンゴレにつき返して、俺が助かったとしよう。その未来を考えると、ああまただ。ぞわりぞわり、背筋を這ってくるこの感情。この感情の名前は何だ?誰か教えてくれ、この世で俺にわからないことがある事実が腹立たしい。気持ちが悪い。…ツナはどう思っているだろうか、俺のこの裏切りについて。帰ったら、何言われるかわかんねーな、ああ馬鹿じゃねーのいかれてる。
煙草を靴の裏でもみ消して、窓の外へ投げた。どうやら灰皿が入用だ。まったく手が付けられていない冷めたパスタを手に持って、部屋を横切る。


「喰え」


出来る限りゆっくりと、縮こまったランボの足先に皿を置く。すこし、ピクリとランボが動いた。まるで人見知りの小動物を育ててるみてーだ。そんなランボの様子をみて、リボーンが奇妙な表情を作った。
ランボはやはり、食べようとしない。


「…喰え」
「いやだ」
「せっかく俺が作った料理を無駄にする気か?」
「殺して」


強迫観念に執りつかれた、切羽詰った声色。恐怖からか、声が震えている。


「顔上げろ、アホ牛」
「うるさい、殺せ」
「俺に命令できる立場か……第一、手前は死にたいのか」
「……俺は死ぬべき人間なんだ生きててももう意味がないんだこの世界が嫌なんだ殺してころして!」


また悲鳴まじりの声を上げる。リボーンは不愉快そうに顔を歪めた。
死にたくなんざ、ねーくせに。本当に死にたいなら、舌でもなんでも噛み切って死にゃーいい。…間違ってもそんな事は口にしないが。今それも口にすると、絶対に実行するからな、こいつは。短く舌打ちをして、ランボと同じ高さになるようにしゃがみ込んだ。


「死ぬべき?俺は手前の意志を聞いてんだ。生きたいのか、死にたいのか」
「死にたい、死にたいもうしにたいんだ」
「…………」


はあ、と溜息をついて、リボーンがしゃがみ込んでいたその場に、腰を下ろす。その気配でまたランボがピクリと動いた。それでも顔は上げない。白いパジャマを着たままのランボに、リボーンはふと違和感を覚えた。こいつが、牛柄以外の服を着てんの始めてみたな。少し袖が捲くれて、唯一残った左腕の手首がむき出しになっている。真っ白な包帯。
…面倒くせーな。


「もう一度聞く。本当に手前は死にたいのか?」
「死にたい」
「……勝手にしろ」
「ころしてよ」


震えた、力ない声。体も震えている。リボーンはもう一本煙草を取り出して、殻になった箱を握り潰した。また本日何度目かの溜息をついて、眼を瞑る。そして、何かを決したように口を開いた。


「ランボ」


それは、思ったよりもスムーズに、そして自分でも聞いたことが無いくらい優しい声で鳴る。…その瞬間、リボーンは脳髄で停滞していた訳の分からない感情が、ほんの少し理解できた気がした。ランボが、弾かれたように顔を上げた。エメラルドグリーン色の眼が、リボーンの真っ黒な眼とかち合う。…こいつは、こんな綺麗な色の眼をしていたのか。始めてここまでの至近距離でこいつと眼をあわす。こんな事にでもならなければ、こいつのこの眼の色には気付かなかった訳か。こいつを構成する、殆ど全ての要素は嫌い、だと言い切れたのだが。この眼の色はなぜか好きだと思えた。
……ほんの少し眩しげにリボーンが眼を細める(もし、この場にもう一人リボーンを知る人物がいたなら、その凡そ彼らしくない表情に、驚いて言葉をなくすだろう)。


「……食べろ」


顔を上げたまま固まっているランボの力のない左手に、フォークを無理やり握らせる。…一瞬の躊躇。
不器用そうにランボが、床に置いてあるパスタにフォークを突き立て、ほとんど床にへばり付いて、ガツガツと効果音付きで喉に掻き込んだ。慣れない左手で食べているせいか、それとも不自然な体勢のせいか、床に冷めたパスタが飛び散る。…そんなものはお構いなし、とまるで飢えた犬のように掻きこんでいく。
リボーンはそんな様子に、すこし眼を見開いて驚いた後、いつもの口の端を吊り上げて笑う笑い方ではなく、ごく自然に(そしてそんな表情は誰も見たことが無い)にこりと微笑んだ。


「ひぃ…ふ…ふっ……」
「…汚ねー喰い方」


断続的に聞こえる嗚咽、誰も聞いたことが無いようなリボーンの優しい声、ガチャガチャとフォークと皿が立てる音がしばし部屋を支配する。リボーンはランボのふわりとした巻き毛に手を置いて、ぐしゃりと少し乱暴に撫でた。
あっという間に食べ終えたランボは、フォークを皿に落として、それでもまだ不自然な体勢を崩そうとはしない。床に這いつくばったまま、嗚咽を噛み殺して泣いていた。リボーンは(本人でも自分自身に驚くくらい)優しい手つきで、その頭を撫でる。
少し前は殺伐とした雰囲気だった小さな寒い隠れ家に、ほんのすこし柔らかな雰囲気が広がった。










































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