ピエロ











「……あーあ、やられた」


口を尖らせて、拗ねたような声色で沢田が一人、口を開いた。隣には獄寺が、状況を飲み込めない様子で立ち尽くしている。バタバタ、と遅れてやってきたボヴィーノの構成員達がはっと息を呑む音が聞こえた。その場に集まった男達の視線の先は、もぬけの殻になったベッド。薄い曇り空、窓が開け放たれて凍りつきそうな風が沢田の長い髪の毛をさらっていく。


「あ、私が最後に見たときはまだ眼を覚まされていなくて、横に、黒づくめの男の人が、あ、あの」
「弁解はいい、下がれ」


しどろもどろになって弁解する看護婦に視線もくれず、沢田が手で追い払うしぐさをする。ビクリ、と看護婦が恐怖で体を引きつらせた。雲雀がその肩を優しく掴んで、有無を言わせず、輪の外へ引っ張っていく。


「十代目」
「獄寺くん、手の空いてる人たち全員に捜索させて。まだ遠くには行ってないはずだから、リボーンが通りそうな車道に見張りを」


淀みの無い鋭い声で指示を飛ばす、獄寺がすばやく携帯を取り出した。


「……彼も思い切ったことするね」
「ヒバリさんも手の空いてる部下に捜索させてください。今見つけないと何処へ行くか分からないので」
「分かった」


ボヴィーノの構成員達は青白い顔で、各々眼を堅く瞑っている。そのなかのボスの右腕が震える声を出した。


「……どういうことですか。ドン・ボンゴレ」
「どうもこうも、こういうことだよ。リボーンが重症のランボを連れ去った。現在逃走中」
「ではランボは…」


それ以上は言えないとばかりに口を閉ざした右腕に沢田は一瞥をくれると、キュと踵を鳴らして出口へ向かった。
守護者達がその背中についていく。


「どうしてあのチビが?」


了平が飲み込めないとばかりに口を開いた。


「事情があるんでしょ、でもこれでハッキリしたよ。ランボはオメルタを破った」
「……それでもチビが連れ去る必要があるとは思えん」
「リボーンも自分で分かってないんでしょ。とっても面倒臭いことになったのは確かだよ」


まだ釈然としない顔で了平がちらり、と雲雀を見た。
肩をすくめて雲雀がそれに応じる、眼に"どういうことだろうね"という困惑がにじんだ。


「骸は?」
「所用で国外にでています」
「こんな時に…山本は?」
「さっき連絡をつけました。捜索に参加しています」


てきぱきと獄寺が矢継ぎ早に沢田の質問に答えている。
面倒臭い事になった。はぁ、とかるくため息をついて黒い車に(もちろんマフィア仕様)乗り込んだ。
ヒバリさんとお兄さんは別の車に乗り込んで、捜索に向かうようだ。サイドミラーをちらりと見る、随分と不機嫌な顔が映っていた。…ああこれじゃ駄目だ。と一瞬の後にいつもの無表情な(それでいて威厳のある)顔に戻す。……リボーンがランボを。まさかそんなに早く、そこまで思い切った行動をするとは思わなかった。第一、リボーンはプライドが山よりも高い。もう、いい加減にして欲しいよ。またさっきの不機嫌な表情に戻った事に気付き、ため息をつく。
リボーンが連れ去った、それが意味することは大きい。リボーンがファミリーの敵にまわった。……それも、オメルタを破ったと思わしきものを庇った。ああ、やっぱりもっと早く監視つけておけばよかった。らしくないな、俺が今更こんな失敗するなんて。今一度深いため息。たとえ何人捜索にまわしても、リボーンを見つけることはむずかしいだろう。
運転席の獄寺が気遣わしげに視線を向けた。


「………獄寺くん」
「はい」
「どうしてリボーンがランボを連れ去ったか分かる?」


信号待ち、先ほどまで車内を満たしていた車の雑音が切れて、ふと静かになる。獄寺が分かりません、といった様子で困惑の表情を見せた。


「リボーンさんが、あそこまで無視していたランボを今更庇うとは、信じられません」
「………リボーンだってよく分かってないんだろうね」


信号が青に変わった、また心地のよい雑音と振動が始る。沢田はそれ以上喋る気はないらしく、相変わらずの不機嫌な顔で窓の外を眺めていた。
































………大丈夫か?
鏡に写った自分に問いかける。もっとも、鏡にうつったのは不健康ないつもの顔ではなく、美人なラテン系の女なのだが。こうすると、恐ろしく自分は母親に似ている。チッと舌打ちをして。手早く化粧落としを顔に塗り、厚化粧を水に落とす。カラーコンタクトを取り、ウィッグを取った。ようやくいつもの己の顔が映りこむ。鏡の一番端に、巻き毛の男が写った。
相変わらず馬鹿のひとつ覚えのようにごめんなさい、と小声で呟く声が聞こえる。深いため息をついて、部屋の一番隅の角で自分を守るように小さく体育座りをしている男から視線を外した。
狂気的だ。
自分も、牛も。もう取り返しがつかないことは分かっている。……おそらく、この居場所が割れるまで少なくとも一週間はある。
随分昔から、本当の窮地に追い込まれた時様に作っていた隠れ家。まさかこんな風に使うことになるとはな。ツナ、怒ってんだろーな。まあ痛くも痒くもねー(と、言いたいところだが)。これで、自分はおそらくファミリーの枠組みから外される事になるのだろう。よりにもよってオメルタ破りの重罪人を匿うとは。…もし、牛がボンゴレの情報も喋っていたら、おそらく俺は殺されるだろう。狂ってる、頭が可笑しくなったとしかおもえねぇ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


脳髄に直接響くような声でアホ牛が繰り返す、うるせぇことこの上無い。…いつもですら、信じられないくらいうるさいのに。うぜぇ。


「いい加減黙れ。誰も謝罪なんざ聞きたくねーんだよ」


不快感をそのまま声にしたような、声を投げかける。
(もし視線で人が殺せるなら、絶対にランボは死んでいる)信じられないくらいの冷たい視線で体育座りをして、腕に顔を埋めているランボを上から見下ろした。
それでもランボは顔を上げずに、ひたすら謝罪の言葉を繰り返した。小さな部屋に充満した殺気の色がさらに濃くなる。


「うるせーんだ。せっかく助けてやったのに、礼の言葉もナシか?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


青筋が浮く。
ぐしゃ、と乱暴にランボのふわふわした巻き毛を掴んだ。無理やりに顔を引っ張りあげる。


「いい加減にしやがれ」


焦点の合わないか片目が、リボーンを捉えた、と、同時に


「いやだああああああああああああぁあああああ、ごめんなさいああああぁぁぁあぁぁいやだいたいあぁぁあああああああぁあああああ助けて嫌だあぁぁぁぁああああああぁあぁぁぁああああああああああ」


思わず耳を塞ぎたくなる様な悲鳴が、上がった。
すぐにリボーンがその口を塞ぐ。


「な、」


珍しく動揺した顔で、きつくランボの口を塞ぐ。ようやく長い悲鳴が終わると、リボーンは手を離した。歯型がいくつもついている。
……何をやってんだ俺は。脅してどうする。薄ら寒い感覚がまた背筋を上ってくる。 ランボは手を、いかにも拒絶するように顔の前に持ってきて、顔を出来る限りの角度で背けていた。ヒッヒッと断続的に嗚咽が聞こえる、異常なくらいの震え、ガチガチと歯の根が噛み合わない音が部屋に響いた。


「おい」


リボーンが戸惑いがちに手を伸ばすと、顔の前で壁を作っていた手が物凄い力ではたいた。
ビク、とランボがリボーンを振り向く。そして、


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


また無限ループ。
リボーンが愕然とした顔で部屋の隅に縮こまるランボを見下ろしていた。










































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