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狂気











トトン、トトン、指が机を叩く音が響く。それ以外の音といえば、遠くからほんの少しだけ聞こえてくる、くぐもった車のクラクション。シンプルな木の椅子に座って、リボーンはベッドに横たわった男に視線を注いでいた。数日前まで繋がっていた大量の機械は全て取り外され、今は点滴のみ。不思議な色をした液体が断続的にチューブを通って、ランボの腕の中へ吸い込まれていく。浅いため息をついて、リボーンはランボから視線をはずした。
ボスの所に行っているのか、ランボの病室には人っ子ひとりいない。…来たといえば、看護婦だけだ。
堅く閉じられた、無駄に長い睫が真っ白い顔に濃い影を作っている。そういえば、こいつの顔をきちんと見るのは始めてかもしれない。こうしてみると、やけに整った顔をしている(なるほど、このヘタレが何故女にモテるのか今分かった)
何故自分がこのアホ牛の病室にいるのか?と問われると答えに詰まるだろう。まったく訳の分からない行動だ。ふとみると、まだ自分の黒いスーツに返り血がこびり付いているのが見えた。早く自分の部屋に帰りたい、とりあえず服を着替えてコーヒーを飲んで。そう頭は予定を組み立てるのに、視界に写るのは病室とテンパの男。
こいつを拾った時以外、きちんと顔を見ていなかった。六日前遠巻きに見ただけだ。
首にまで真っ白い包帯を巻かれた痛々しい(のかはわからねーが)姿。あの時は気付かなかったが、眼のほかに、顔にも大分傷があったようだ。……もし、こいつが眼を覚ましたら、男前が台無しだといって嘆くのだろうか。そもそも、正気を保っているのかさえ分からない(何しろオメルタを破ってしまうくらいの拷問だ)。
早ければ今日、眼を覚ます。正気だろうが、正気じゃなかろうが。もし眼が覚めたら口を聞いてやろうと思った。………何故、今?そう、それにすら答えを返す事が出来ない。


「どうかしてる」


ため息とともにぼそりと呟くと、自分がどれだけ"らしく"ない行動を起こしているのか、その事実を脳が理解した。
不快を表すように眉をひそめると、小さく舌打ちして立ち上がった。ギシリと椅子が小さな音を立てる。……何故、俺がこんなところに居なきゃなんねーんだ?こんなアホ牛の為に。まじでどうかしてんな、俺。
帰ったら濃いめのブラックコーヒーを淹れて、ああそうだマリアのところに行こう、今日は空いているはずだ。男の顔なんざ見たくもねぇ。
振り返りもせずに、大きな病室を大またに歩いて、扉に手をかけた。
……ふいに、人の気配がして振り返る。


右腕、肘から下がない。
窓からの逆行で半シルエット状態で、ランボが上半身を起こしていた。


「………」


そのまま無視して出て行こうかと、一瞬思案した後、また大またで部屋を横切って、焦点の合わない眼をした男を上から見下ろした。
ぐらり、と首を危なっかしげに動かして、リボーンを見あげる。ぐらり、ぐらり、首が据わっていない赤ん坊のように、ふらふら動いた。左目に包帯が巻かれている、右目が焦点を結んで、リボーンの眼と合った。
リボーンがふ、と口角を吊り上げる。


「よう、アホ牛」
「………」


ぐらりぐらり とまた首を揺らして、生気のない顔をリボーンに向ける。形のよい薄い唇が開いた。


「ごめんなさい」
「…は?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


ぶつぶつ、と生気のないまったく無表情な顔。口だけが動いている。……ぐらりぐらり首が動く。それでも、片目はリボーンを捕らえたまま。
リボーンが半歩下がった、木の椅子に足が少し当たって小さな音を立てた。


「おい、何を、」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
「……アホ牛」


片手でランボの右肩を掴んで、軽く揺さぶる。ぐらぐらとその動きに合わせて首が動いた。それでも片目はリボーンを見つめたまま、捕らえたまま。


「お前、オメルタを破ったのか?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
「おい!」


"らしく”ねぇ。脳髄の隅で誰かがそう呟いた。
珍しく声を荒げたリボーンに、ピタリ、とランボの声が止まる。


「アホ牛」
「ねぇボスは何処、ねぇ、俺ボスに謝らないと、ねぇ、もう俺痛いのは嫌だよかえしてかえして、ボスの所に、かえしてよ、ねぇあんた、誰?」
「覚えてねぇのか?俺の事」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


また、ランボがぶつぶつと呟き始めた。
押し込んでいた脳髄に染み渡るどす黒い感情が、ぞわりぞわりと背中を這ってくる。恐ろしく不快な感情に抵抗する、それもできねぇ。
ごめんなさいごめんなさい。
平坦な、まるで感情というものが欠落した(コンピューター出す音声みてーだ)声がひたすらに謝る。ぐらぐらと首が動く、アホ牛の眼は俺を通り越してどこか虚空を見ていた。


「いたいよ、こわいよ、くらいよ、いやだいやだ」
「おい、」
「もう帰してください、ボスに会いたいもうかえしてくださいいえにかえりたいんです」
「ここは病院だ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


ぐらりぐらり、首がうたたねをしているみたいに動く。
右目はもう焦点を結んでいない。


「アホ牛、正気に戻れ」
「もうころしてください、これいじょうはなせませんころしてくださいおねがいしますお願いしますおねがいしますお願いしますころしてください」


アホ牛が俺の服の裾を信じられない力で掴んだ。

ぞわりぞわり


脳髄に不快な感覚、理性が浸食される。
………一瞬の抵抗










































>>Y
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