始まりは、とある冬の昼下がり











「……………もう、三週間になるね」


目線をあげず、少し離れた所で悠々と座っている青年に向かって口を開いた。
………それがどうした、リボーンは煙草を燻らせ、目の前に漂う紫煙に少し目を細める。まったく関係が無い、訳ではない。癇にゃ触る触るが(あのアホを選んだのはほかでもない俺だ)ボンゴレの守護者、としてはまったく関係が無いわけではない。ただ問題は個人的にどう思うか、である。………それがどうした。ただやたらと絡んでくるムカつく奴がひとり減っただけだ。そう、まったくもって喜ばしい事だなのだ。
ゆっくりと目を閉じる。体中の血液の流れ、ニコチンが駆け巡る実感。…ああ、まったくだ。それがどうした。右の口角を吊り上げて、クッと喉で哂う。



「そのうち死体で見つかんだろ」
「……それが一番嫌なんだけど」



沢田は長く伸ばしたハチミツ色の髪をぐしゃり、と掴んだ。唯でさえでも心配事が多いのにさ、そう毒吐く。
この際早く見つかれば死体でもいい、頭の片隅でそう考えた事を一瞬の後、否定する。……それでも、そう考えてしまうくらいに疲れきっているのだ。
ボンゴレボス守護者兼ボヴィーノファミリー・ヒットマン、ランボ 行方不明。その日、カフェで目撃された後の足取りは一切不明。ボンゴレ、ボヴィーノが総力を挙げて探しているにもかかわらず、未だ見つからず。その他詳細の書かれた(そしてニ週間前からまったく新しい情報が書き足されていない)書類を指先で持ち上げて、深いため息を吐いた。目だけを横に動かして、チラリと黒尽くめの青年を見やる。……、また深いため息を吐く。



「アホ牛のことだ。どっかで野垂れ死んでんだろ」
「酷い言い様だね」
「それか、裏切って逃げたか……その場合三週間も行方が掴めねぇのはおかしいな」
「それも嫌だな」



殺さなくちゃいけないし。そう沢田は口の中で呟いた。高い空に向かってリボーンが紫煙を吐き出す
もしアホ牛が裏切って逃げたのなら、それがそれでめんどくせぇ。(多分殺しは俺の役目だしな)生きてようが死んでようが関係ねぇ、格下は相手にしない。幼いころからそう貫いてきたのだから。ただ、迷惑千番だ、うっとうしいアホ牛のクセに。



「……生きてても死んでても、迷惑だな」
「どうして?」
「たとえ生きてたとしても、裏切りかなんかで殺されるだろ」
「でも、生きてて欲しいなあ…」



何かに巻き込まれた、という可能性も否定はできないが。……あのアホ牛が組織を裏切るか、否だ。いや万に一つはあるかもしれねぇが。
チリと指先に痛みが走った。チッと舌打をしてフィルターギリギリまで燃えた煙草を、灰皿に押し付ける。ああ癪だ、あの鬱陶しいアホ牛について、何故俺がこんなに考えなきゃならねぇ?(答えは明白だ、奴がボンゴレ守護者だから)もう何十年も標的にされて、分かる事がある。…俺とか天と地の差だが。普通にヒットマンとして食っていくには、困らねぇほどの腕は持っていると思う。俺を倒す為だとか言って鍛えてきたお陰だろうが。……ただ、ただひとつあのアホ牛に足りないものがある、運だ。最も大切なものが欠けている、だからいまいちパッとしねぇんだ(まあ鍛えてどうこうなる話じゃねぇけど)



「たかだか部下ひとりのことだろ」
「……随分荒れてるね」
「誰がだ?」



コーヒーを飲み干して、ソーサーにカップ置く、……予想外に乱暴な音がした。
最後の一本、煙草を取り出す。…量が増えたな。
このよくわからねぇ、俺らしくもねぇ胸のシコリみてぇなのは。明後日に控えたでけぇ任務のせいだろ。また体内にニコチンを取り込む。
傍らに置いたボルサリーノを掴んで立ち上がった。……これ以上ここにいてもまったくの無駄だ。今日、の予定を脳内で探る。首を少し動かして、自らが教育してきたボスを見やった。…古風な電話(レトロさが趣味らしい)を耳に当てて、流暢なイタリア語で喋っている。ここまで育てんのに苦労したな。……ああ、まったく らしくねぇ。
ドアノブに手をかける、








一週間に一回は嫌でも顔を合わせていた。それでも口を聞いたことは片手で足りるくらいの数、会話が成立した事はまったくのゼロだ、当たり前すぎる。何で俺がアホ牛の心配なんざしなくちゃなんねぇんだ?(もちろん、奴がボンゴレの守護者だからであって)ああ面倒くせぇ、死んでりゃそれでいいのに。
複雑に入り組みすぎた城を迷いもせず、一直線に一番短いコースで外にたどり着く。傍らに止めてあった黒いスマートな車に乗り込んだ。キーを差込み、エンジンをかける。
滑るように発進した車を操りながら、舌打ち。この俺が、心配なんざしてるはずもねぇ。チラリとサイドミラーに移り込んだ自分を見る、随分と険しい顔が映った。ああなるほど俺は荒れてるらしい。
城からでる、キチンと舗道された森の中の一本道。景色が飛んで見えるほど、速く走っていく。森を取り囲むように張り巡らされた金網、…私有地につき立ち入りを禁ず。そう書かれている。一般人からは、どこかの金持ちの家だろうと噂されている森。



その入り口に、

















危うく弾く所だった。キキィッと速いスピードで走っていた車を止める。勢いよく車のドアを開ける。…………なんだ、これ
車から、一メートル離れたところに、何かの塊が放置されてあった。…………かろうじて肌色の部分が見える、人か?人だろうな、ボロ雑巾の様に捨てられている。こんなことすんのはマフィアしかねぇな。こんなとこに捨てやがって、ボンゴレに喧嘩うりゃあどうなるかわかってんだろうな。ああ面倒クセェな、黒い革靴で顔が見えるように軽く蹴った。

















………………ドクン、心臓が波打つ。気持ちわりぃ、そう脳が訴える。かろうじて生きているらしいそのなにかは堅く目を閉じていた。……職業柄こんな有様の奴は死ぬほど見てきた筈だ。それなのに気持ち悪い、脳が訴える。今すぐに目をそむけてしまいたい、それでも、どうやらまだ原形をとどめているらしい顔には見覚えがあった。そうイラつくぐらいの見覚えが。



「…………………アホ牛」



口が勝手に動いた、その塊を奴だと認めざるをえない。おそらくもう死んでいるだろう(もしくは死に掛けか)………自身の黒い革靴によって上を向いた顔は、左目に抉られた後があった。ルミノール反応で固まったのだろう、……何も着ていない体に赤黒い血の塊は無数の焦げ痕、銃痕、………右腕が無い。左足も潰されている。ああなにを冷静に分析してんだ、俺は。……運のねぇ奴、そう頭で嘲ろうとする。そんな事してる場合じゃねぇな、なにらしくねぇ事やってんだ。今更だ。こんな死体、それこそ無数に見てきただろ。
黒いスーツのポケットから同じく黒い携帯電話を取り出した。










































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