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…3年経った。
帰り道にある、いかにも俺は涼しいぜと主張している、カキ氷のこれまたありきたりな宣伝に誘われて、愛想のいいおばちゃんのやっている売店の前の木のベンチに腰掛けて、空を見る。昨日通り過ぎた、夏の初めの台風が全ての雲をかっさらっていったらしい、青すぎる空には青しかない。
俺にとっては長すぎる時間過ぎてしまった。みいん、みいんと相変わらずありきたりな蝉の声。目の前には、枯れて無残な色彩になったアジサイ。そろそろ、干乾びたカタツムリを見つける季節だ。それから、路上に横たわる蝉の抜け殻。
俺は、もう大学を考える年になり、相変わらずどうにかなるだろう、程度の考えしか持って居ない。
目の前を、わらいながら小学生が自転車でかけていった。よくあそこまで元気が出るな、と感動する。窮屈なシャツのボタンをひとつあけて、ぱたぱたを手で仰いだ。カキ氷は、例によって例の如く、不健康な赤色の薄い水が発砲スチロールでできた入れ物の底に沈殿している。それを、ストローで啜るほど、もう俺は子供じゃなくなっていた。(そんなことで、子供、を判別できるのか知らないけど)


夏になると思い出す。
うだるようなあの暑さ。コンクリートの上を揺れる、熱。歪む景色。ずっと繋いだままの手。あのぐらぐら揺れる、ばかみたいにおっきな太陽。…蝉の声、夜の虫の声。鮮明に覚えている。あと、俺は、思い出していた。
過去にあった出来事を、全て。
それをもう封印する気力すら、俺には残っていない。それを、哀しむ事にすら、疲れた。俺は、どうやらあの一件で、一生分の涙を流しきってしまったらしく、ついでになんの変化も無いまま、死んだように夏休みを過ごし、あっというまに生活の中に戻っていった。
全てに、やる気をなくしてしまったといえば、間違っている。俺は、彼に会う前から、もうずっと全てにやる気をなくしていたから。 がんばることすら、億劫になっていたのに。あの一件は、イレギュラーのなかのイレギュラーだったんだろう。でも、やる気はなかったけれど、もう他のことは、考えたくなかったから、俺は珍しく勉強に打ち込んだ。
……驚いた事に、俺は勉強ができた。
先生は、大層よろこんでいたけれど、俺は、ちっとも嬉しくなんか無い。勉強ができたところで、わからないことも、できないことだってやまほどあるのに。そう、山ほど。俺は考える事を放棄してしまった。


大人になったといえばそうかもしれない。
大人は、きっとこんなものなんだろう。周りの事に振り回されたりせず、一切の拒否する。きっと、俺はもう狂ってて、昔の俺は彼と一緒に死んでしまったんだ。
…この季節になると、思い出す。
冬の間は、何も考えずに、ただ目の前の問題集をするだけでよかった。
この季節は、夏は、嫌いだ。
暑いし、息苦しいし、平和すぎるし、みんな笑ってるし。
そう、この3年で変わったことといえば、俺はあんまり笑わなくなった。いや、まったく笑わなくなった。ドラマみたいだ、とお決まりのセリフを吐く。現実には、もっともっと吐き気がする、もっともっと気持ちが悪いことが、山ほどあることがわかった。
分かりすぎて嫌になった。
でも、教科書ほど、素晴らしいものはない。あれは、この世の分からない事を全て退けた、恐ろしくよくできた本なのだ。だから、俺は今こんな風に、客観的に、もうすぎさった事みたいに、溜息をついている。


俺は、3年前に死んだ。


今ここでカキ氷を食べ、溜息をついている俺は、死体が動いているようなものだ。そう思うことにした。一切の感情を拒否した。
シャマルとは、あの一件以来、会っていない。会ってはいけない気がしたし、会いたくもなかった。でも、ひとつ聞いてみたい事が、あった。たったひとつだけ。"あんたはどう思うのか"それだけ。何についてってわけでは、ない。
聞いてみたかった。なんと答えるのか。


3年前に、彼も死んだ。


彼を襲ったのは、肉体的な死で、冷たくなっていく、もう喋る事もかなわなくなる、人間が唯一抵抗できない絶対的なもので。俺を襲ったのは、精神的な死だった。俺には、無意味なただ食べて寝て勉強するだけの肉体が残って、彼には何も残らなかった。
ただそれだけ。
梅雨は、ひたすら何も見ないことに徹する。
夏も、ひたすら何も考えないことに徹する。
それしか方法はなかったし、哀しむのさえ億劫だった。
後を追って自殺をしようと思ったけど、臆病な俺はそれさえできなかった。俺の左手首には、その跡すら残っていない。こういう風に、淡々と思い出すのは、疲れる。


溜息を吐いて、ベンチから立ち上がるとギシリと軋んだ。
死んだ後はどこにも行かない。シスターは何も言わなかった。いつものように、慈愛を湛えた静かな眼をして、俺を見つめる。
俺の中に、まだ人間がいるなら、きっと言うだろう"ゴクデラくんがすきだ"。俺は、いつもの死んだ眼になって、何も考えずに、過ごしていればいい。俺はもう死んだんだから。
さんさんと照りつける太陽の下にでる。枯れたアジサイは、みるみる色彩を失くしていくような気がした。アジサイが咲くと、死にたくなるような気分になるのに、アジサイが枯れると、泣きなくなるような気分になるのは、どうしてだろうか。


なんて平和なんだろう。なんて泣きたいくらいに、平和なんだろう。
この世界の誰も、自分達の為にぼろぼろになって、虫けらみたいにしか扱われずに死んだ少年の事を知らない。
それに怒ったところで、なんの生産性も無い。疲れるだけだ。
さんさんと、何人もの通行人とすれ違いながら、制服のネクタイを緩める。跳ね返った、コンクリートからの熱。蝉の声。枯れたアジサイ。彼のわらった顔。


「………沢田さん」


溜息を吐く。何度だって、この声を聞いた。俺は、死んだのに、まだこんな事を覚えてるなんて、吐き気がする。もう辛いのも、苦しいのも、たくさんだ。家に帰ったら、なんの問題集をしようか、できるかぎり難解で、ちょっとやそっとじゃ解けない問題がいい。そっちのほうが、いくらか気が紛れる。


「沢田さん」


不機嫌に眉根を寄せる。なんだって、こんなにリアルに聞こえてくるわけ?
…無意識に、視線に反応して後ろを振り返った。
なつかしい、この感覚。世界が轟音に包まれて、急速に遠のく。蝉の声だけが、我冠せずと、自棄を起こした声でみんみん、みいんと鳴いている。


「約束、守りに来ました。遅くなってすみません」


木陰に、シャマルが立っているのが見えた。相変わらずのくたびれた白衣で、俺のほうを見て口を吊り上げて笑う。
ゴクデラくんが、緑の瞳を細めてわらう。


笑っているのか、泣いているのか、よく、わかんないよ!










































>>あとがき


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