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反響する、悲鳴で目が覚めた。
気が狂いそうなくらい、頭が痛い。飛び起きた目に映ったのは、朝なのか昼なのか、それとも夜なのかまったく判断のつけようが無い真っ白な廊下の壁。視界がぐらぐら、とまわって、割りと暴力的な音がした。一瞬遅れで、廊下に横たわって頭をぶつけている事に気が付く。
背後から、煌々と明かりが差していて、(手術室みたいだ)白い壁に歪んだ影が写った。悲鳴は、誰も気にしなかったのか、聞こえなかったのか(おそらく前者だろうけど)人がくる気配は無い。先ほどの悲鳴は、自分の口から出たものだ。眠気と全身に沈む鈍痛を振り払うべく、リノリウムのひんやりした床に手を置き、体を持ち上げる。普段なら、何気なしにする動作がひどく億劫で半身を起こすのにも、力が要る。
いつのまにか寝ていたらしい、それほど、時間は立ってないだろうけど。多分。ここには、窓も時計も、ない。生活臭すら、ない。本当に研究施設然とした内部は、気持ち悪いくらいに整然とした空気が沈殿している。少しぼやける目で周りを見回す。このまっすぐな長い廊下が、ここの全てのようで、ずっと向こうの行き止まりにはカードで開く、エレベエタアがあるらしい。先刻、白衣を着た誰かがそこに入るのが見えた。
目が眩む。未だ白に反射して、明るすぎる光は大きなガラスの向こうから、少し薄暗い廊下を照らしていた。


きっと、こんな変な状況に、予想外の事態に陥っているから、あんな夢を見たんだ。鮮明にこびり付く、夢の映像がまだ脳裏に流れている。同じシーンを繰り返し、繰り返し。壊れたレコードみたいに。ノイズ混じりで、それでも極彩色で彩られた鮮やか過ぎる夢。
泣き叫ぶ自分の姿が見えた。長い廊下が、見えた。真っ白で、今と同じ機械的に澄み切った真っ白な廊下。一番向こうの行き止まりから、ずらりと子供が並んで座っている。小さな子供で、みんな同じ白い服、下を向き、だらりと手足を投げ出していた。壊れた人形が、捨てられるのを待ってるみたいに、ずらりと、何人も何人もこの長い廊下に座っている。余りに、異様な光景。フラッシュバックするように、廊下の向こうを見た俺の眼に、同じ光景が映った。ありえない、ありえない。ありえない。ありえていいはずが無い。何で?
急に映像が変わる。シャマルの話を聞いていたときに、一瞬だけ蘇った光景が、嫌に生々しく、(きっとあの夢の中で自分のほっぺたを叩いたら、痛かったはずだ)やけに鮮明に再生された。小さな機械の音に、昔にホラー映画で見たような、何故か焦燥感に駆られる映像。真っ白な、ただっぴろい広すぎる部屋、先が見えないほど高い天井、その上から煌々と照らされる吐き気がするほど真っ白な光、その部屋の中央に、椅子が置いてある。歯医者で使うような、その椅子の上に子供が、乗っている。周りを、白衣の集団が取り囲んでいる。
気の狂った、R指定の、人が死ぬのを目的にした映画であるような光景。


まるで、今このガラスの向こうで展開されているのと、まったく同じ。


実際には、ゴクデラくんだけが椅子に座っていて、寝ているのか、よく分からないけど、まわりに人はいない。頭が、痛い。本当は、怖い。何を怖いと思っているのか、分からない。シャマルの言葉を鵜呑みにするならば、ゴクデラくんが死んでしまうかもしれない、ということに恐怖しているのかもしれない。
……本能が、恐怖する。この場所は危険だと、早く逃げろとさっきから、うるさく、しつこく警告を送る。臆病な俺に。(旦那、さっさとこっから出ねえとえらいことになりやすぜ?)うるさいなあ!分かってるよ!
イライラと、髪の毛を掻き毟る。
怖い、怖い、危ない、とあのガラスの向こうにいるゴクデラくんを見るたびに、そう警告するのだ。
本当なら、ゴクデラくんのもとに駆け寄りたいのに。どうしても、どうしても足が動かない。動いてくれない。何で?シャマルの言葉を俺は鵜呑みにしてるの?あんなやつのいう事を?あいつは、見かけからしてペテン師なのに!
ゴクデラくんは、一向に目を覚ます気配も、動き出す気配すら、ない。俺はゴクデラくんが怖いの?違う、違う。絶対に。この場所が、恐ろしく、怖い。真っ白で、澄み切りすぎて、狂気を花rrで居るこの空気が、怖くて仕方が無い。吐き気がする、頭が痛い。
恐怖を自覚すると、もう居ても立ってもいられなくなった。
それでも、俺がこの場所に居るのは、ゴクデラくんがまだ目の前に居るからで、俺が何故かこの場所が怖いっていうのは、もうどうしようもないけれど。ゴクデラくんが、兵器なんて認めない。たとえ、シャマルの話が全て本当だったって、本当に一寸違わず真実だったって、ゴクデラくんが本当はとんでもない人殺しだったって、ゴクデラくんはゴクデラくんだ! 全然、自分だって、脈略のないことばかりを考えている、すこしでも思考を止めると、思い出したくない記憶がなだれ込んできそうで、口の中で何度も呟く。なんとか、ふらつきながら立ち上がって、ガラスの向こうを除く。
手をつけたガラスの表面は、ひんやりと冷たい。頭が痛む。手が、小刻みに震えるのが分かった。逃げ出したい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げろ!危険信号が点滅する、血色をした真っ赤なものが目の前にちらついた。
それでも、目を凝らして見ると、ゴクデラくんの眼はしっかりと閉じられていて、さらりと灰色の前髪が白い顔に一房掛かっている。ゴクデラくん、と声に出して呟くと、その声が思ったよりも弱弱しく、震えたものになった。ひどく、自分にイラだつ。本当なら、入れるはずだ。横にある扉は、やっぱりカードを通して暗証番号を入れないと、開かないみたいで、でもその気になったら、きっと入ることが出来る。
誰かが扉を開けたときに、一緒に入ればいいし(恐らく、それは無理だろうけど)このガラスだって、俺が寝かされていた部屋からスツールを持ってくれば、きっと割る事だってできる、でも、足が動かない。足が、動いてくれない。ここから、一歩でも離れる事は、どうしても出来ない、ゴクデラくんが居なくなってしまいそうな気がするから。でも、ここから逃げ出したい。早く、地上に出たい。こんなところに居たくない。
知らず知らずのうちに、呼吸が荒くなる。眩暈がして、目の前が黒と白でちかちかしている。


「倒れんなら、自分でベッドまで行けよ」


また、リノリウムの白い床にぶつかる寸前で、腕をつかまれた。背後から、気の抜けた低い声がする。慌てて、掴まれていた腕を慌てて振りほどき、よれよれの白衣を着たシャマルをにらみつけた。ふう、と軽く溜息を吐いている。


「んな風に倒れちゃあここに来て、何が楽しいんだ?」
「………あんたに分かるもんか」
「こっちも良い迷惑だ。何回ここで倒れてるお前を向こうまで運んだか」
「ほっとけばいいじゃないか」
「そうは問屋が卸さないっていう話だ、無理を言ってここまで連れていてきてんだからな。さっさと帰れつっただろ」


おどけたような口調で、それでもどこか冷酷さを孕んでいる口調。怒っているのかも、しれない。俺は、そういえばシャマルが怒った姿というのを見たことが無い。それ以前に、ここまでシャマルと話したこともなかった。何せ、俺は初めて会ったときから、大ッキライだったから。


「ほら、もう帰れ。疑問は全部解決、ここにいたってなんの進展もねえ」
「……嫌だ」
「ハヤトはもう死ぬ。お前がここにいても死ぬんだ」
「黙れッ」


悲鳴のような、声になった。壁に声が反響して、何度も黙れ、黙れと言っているような錯覚に陥る。シャマルが、呆れたようにまたくたびれた溜息を吐いた。


「体調最悪だろうが。…さっさと帰れって」
「うるさいなあ、あんたに何が分かるんだよ!」
「分かるから言ってんだ」
「離してッ」


シャマルが、俺の右手首を引っ張る。出口まで、この細長い廊下の終わりにあるエレベエタアまで。力が入らない、シャマルの手は嫌にペタリと冷たく、まるで死人に手を引かれているみたいだ、と思った。気持ちが悪い。
精一杯の力で振りほどいて、またガラスの前に戻った。頭が、割れる。痛い、痛い、怖い。と危険信号の点滅する音。


「怖いだろ」
「…黙れ」
「早く、出て行け」
「うるさい」
「気が狂うぞ」
「うるさいッ」


チッと腹立たしげに、舌打ちをする音が聞こえた。俺は、目を逸らさない。ゴクデラくんは、ぐったりと椅子の横たわったままだ。ああ、嫌だ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、気持ち悪い。


「そんなにハヤトが好きか」
「…好きだよ、だいすきだよ、悪い!?」
「別に誰も悪いって言ってねえだろ」
「うるさいなあ、黙っててよ。俺は帰らない!」
「ここに居て何が変わる、ツナ」
「ツナって呼ぶなッ」


ひずんだ声。自分がここまで暴力的に、叫ぶことがあるなんて思いもしなかった。シャマルは、なんといえば良いのか分からない。ひどく複雑な顔をして、黙っている。その顔が、嫌味なくらい、ゴクデラくんの笑い顔に似ていて、吐き気がした。
やめてよ、何であんたが!あんたが、敵なんだ。ゴクデラくんが、死に掛けてるのは、全部シャマルのせいなのに!
…いつのまにか、ひどく歪んだ思考になっている自分に気が付く。そして上の空で、シャマルに向けて、お門違いな事を叫んでいる自分を遠くから眺めた。何で、何で、あんたはゴクデラくんと同じ顔をするの!


「ゴクデラくんが本当に死んだら、俺はあんたを一生許さないッ」


最後の一息、まくし立てる。…シャマルは黙ったまま、何も言わない。その顔は、やっぱりゴクデラくんにそっくりで、見ていられなくなった。こんなこと、お門違いだってこと、分かってる。だってシャマルは実験者だったらしいけど、本当にゴクデラくんをこういう風にしてしまった人かは、分からないのに。
でも、じゃあ、俺は誰に怒ればいいの?
国に?政府に?…そんなの明確な敵じゃない!もっと明確で、悪の代表みたいな、こういう秘密組織にいるみたいな、敵が必要だった。切実に。こんな風に、ゴクデラくんと同じ顔をして、黙り込むような、くたびれたただの男じゃ、ダメなんだ。
(醜い)自分が、自分を嘲る声が聞こえた。


「…悪いな」
「あやまってほしくなんかないッ」
「でも、お前はすぐにここを出ねえと、これ以上居たらバレる」
「…………」


その言葉を聞かなかったフリをして、ゴクデラくんに視線を戻した。丁度いい、むしろ少し寒いハズの空調設備のはずなのに、じっとりと汗をかく。また恐怖が、湧き出てくる。怒鳴った影響なのか、さらに頭が割れるように痛んだ。


「ツナ」


ぼそり、と呟くようにシャマルが言う。その声は、今度こそ本当にゴクデラくんと酷似していて(俺は、ゴクデラくんの声を聞いたことがないのに?)、また聞かなかったフリをする。怒るのも、疲れた。人に悪意を持ち続けるのは、それだけで、ひどく、疲れることなのだ。
はあ、とまたシャマルがくたびれた溜息を吐いて、自室へ戻るのだろうか、スリッパを引きずる音が、始まった。少しずつ遠ざかっていく。
それにほっとして、また震える膝と、震える手を無視して、ガラスの向こうを除き見る。俺が、ここにいたって、何にもならない」。分かってるよ、分かってる。そんな事くらい。ここは、ひどく怖い。危険だ、怖いと、本能が訴える。でも、でも俺だけ逃げ出すわけにはいかないんだよ!















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