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何も握っていない手に、とてつもない違和感と不安感を覚えた。早足で、コンビニアンストアの店内を歩く。キョロキョロ挙動不審気に店内を見回す俺を、レジで立っている店員が怪しげな視線でみているのが分かった。
でもそんなことに、構っていられない!
何故か、もうゴクデラくんが居なくなってしまうような気がした。約束、してくれたけど。ちゃんと。ようやく目的のものを見つけて、振り返ると、誰だか分からない長身の男の人にぶつかった。思い切りぶつかったから、鼻の頭が少し痛い。


「すみませんっ」


顔を見ずに、黒いスーツを着た(夏なのに!会社員の人かな?)人に頭を下げて、熱さまシートとかわいらしいフォントで書かれた冷たい箱をレジに持っていく。慌て気味で、ジーンズのポケットから財布を取り出し、代金を払う。相変わらず、胡乱気な視線を向ける、それでも口だけは笑っている派手な頭の店員が決まり文句をつらつらと口にし、それにひどくイライラした。そんなのはいいから、早く!早く、お願いだから!
乱暴に釣銭を受け取ると、金属の音を立てて、コインがひとつ床に跳ね返った。慌ててしゃがむと、後ろに並んでいた、先ほどぶつかった男の人の無骨な手がコインを拾い上げ、渡してくれた。小さくお礼を言うと、眼鏡の奥の眼と視線がかちあった。人が良さそうに笑った彼の口元とは裏腹に、彼の眼は、とても深く沈んだ色で、びくりと、した。
が、あっという間にそれはあせりに流されていった。まだ、居てくれてるのか、あの汚い俺たちの隠れ家に。
反応の遅い自動ドアに、もどかしさを感じながら蒸し暑い空気の中に走り出していく。自分が、こんなに必死になったことが、あっただろうか。重たすぎる夏の空気と、暴力的に照りつける太陽を少し睨んで、見知らぬ街の静まり返った横断歩道を駆け抜けていく。
コンクリートに反射した、熱がTシャツから出した腕を直接ジリジリと焼いていくような感覚に陥る。ゴクデラくん、ゴクデラくん!と何度も何度も頭で呼びかけた。


…朝、起きると。隣から、ひどく苦しげな呼吸音が、聞こえてきた。慌てて呼びかけると、異常に高い体温と、ノートに書く文字すら、美しく整った形を保っておらず、すこし崩れていた。拙い頭では、こんなことしか考えられなくて。とりあえず、…手を離した。
途端に、どうしようもない不安感に襲われる。本当に、本当にあの透明な空間に、彼が存在しているのか。俺たちの存在を繋ぎとめているのは、繋いだ手だけで。でも、"俺はコンビニに言ってくるから、その間絶対にどこにも行かないでね"という、俺の言葉に"約束します"という言葉をくれたから、俺は今たったひとりで知らない街を走っている。
でも、どうしようもない不安感は付きまとう。
あそこに戻ったら、消えてしまっていたらどうしよう。…本当に、そうなりそうだった。ゴクデラくんを信用してないわけじゃ、なくて。昨夜の"俺はあなたに付いて来て欲しくなかったです"という筆跡を思い出す。どんな風に、危険な状況にいるのかは、まったく分からないけど。ゴクデラくんは、そのまま、俺を置いてひとりで、消えてしまいそうな気がした。ゴクデラくんは、本当に、優しいんだ。優しすぎるんだ。
古ぼけたアパートが今にも壊れそうな有様で佇んでいる。宿屋、と書いたプレートを横目でみて、昨日来た新しいどうやら家出してきたように見える少年を、入り口で管理人のこれまたうさんくさい老婆が、目で追っているのを感じた。(おそらくあの老婆は、今までにも色んなわけありの人たちを泊めてきたんだろう。まったく干渉をしない態度に、好感を覚える) ギギイ、と音を立てる廊下を走り、"05"とこれまた古ぼけた字で書いたプレートの下がった扉の前で立ち止まった。反動で、熱さまシートの箱とお茶のペットボトルを入れたビニイル袋が揺れる。どくん、と心臓がなり、荒い息を少し落ち着かせて扉を開けた。
誰も居ない。
…それに、どきりとするが、その次にゴクデラくんの呼吸の音が、聞こえた。ほっと息をついて、ゴクデラくんが寝ているであろう一角に近寄った。足音に気が付いたのか、ノートにシャーペンが走る。


「ただいま、ゴクデラくん。買ってきたからね。大丈夫?」
"すみません"
「あやまることじゃないよ」


がさがさとビニイル袋から箱を取り出し、まだひんやりと冷たいシートを出した。


「あ、額どこかな」


ぺたりと、顔があるであろう場所にゆっくりと触る。驚いたように、身を引いたゴクデラくんの顔を、確かめるようにゆっくりと撫でる。少し汗ばんだ感触に、熱い息が掛かった。ぺたぺたと触っているうちに、額の位置を発見し、そこにずれないように慎重にペタリと貼った。
なんにもない空間に、熱さまシートの青みがかった細長いものだけが浮いているように見えて、くすりと笑う。


「熱、下がるかな」
"お手数かけて、すみません"
「気にしないで…まだ辛い?」
"大丈夫です"


…なんだか。さっきまで、あんなにあせってたのに。相変わらず、うるさすぎる蝉の声に混じって、苦しげな呼吸が聞こえる。少し歪んだ筆跡に目を落として、尚も何か書こうとしている腕を優しく掴んだ。


「いいよ、別に。元気になったらで。喉乾いたでしょ」


もう一度、水滴の付いたペットボトルを袋から取り出し、キャップを緩めて差し出した。すこしして、そのペットボトルが宙に浮き中身が減って行くのが、分かる。みんみんみんみいんと、蝉が近くで鳴いているらしい。いろいろな種類の蝉の鳴声が、何重にも反響する。
ずっと離したままだった手を、もう一度(何故だか、見えないのに位置が分かった)握りなおす。


「よかった、いてくれて。居なくなっちゃうかと思ったよ」


…ぎゅう、と手を握り返してくれる。それに、どうしようもなく嬉しくなってふっとわらった。こうしていると、もう何年も一緒に居たような錯覚に陥るけれど、俺たちがこんなふうに、一緒に行動して、一緒に何かから逃げているのは、まだほんの2日、3日で。
よく考えてみると、とても不思議な気がした。
まだ、きちんとこんなふうに会話ができるようになってから、そんなけしかたっていないなんて。不思議。相変わらず、苦しげな息が、聞こえて無力感を感じた。俺が出来る事なんて、熱さまシートを額に貼って上げて、それでずっと手を握ってあげる事しか、ない。
俺が風邪を引いたときは…、シスターが林檎を剥いてくれて、でもやっぱりシスターも仕事があるから、付きっ切りってわけじゃなくて。たったひとりで、いつも天井を見上げていたっけ。俺は、まだ世話をしてくれるひとがいたけれど。ゴクデラくんが、どんな人生を歩んできて、透明になったのかとか、全然分からないけど、きっと透明っていうのは、もしかしてすごく辛いことなのかも知れない、と思った。
誰にも、存在を知られないし、雨の日しか姿を現さないし。…ずうっと昔に、見た漫画にでてきたような、記憶がある。きっと、とっても寂しいんだろう。透明っていうのは。自分に、置き換えてみると、学校でいくらダメだと言われようと、存在そのものを認識してもらえないっていうのはそれよりも、それよりも遥かに、寂しいかも、しれない。
ゴクデラくんの事を、理解してみたいと思う。俺に、できるかはわからないけど。
空いた片方の手で髪の毛を撫でた。…本当は、見た感じ俺は空気に触れているように見えるけど、何故かそこにあるアッシュグレイの綺麗な髪が見えた気が、した。
俺には何もできないけど、ゴクデラくんを病院に連れて行くことも、熱を変わってあげることもほんとうにできないけど。手を握るだけで、少しだけでも力になれるなら、いい。どうしようもない自己満足だろうけど!
居なくならなくて、よかった。本当に、居てくれて、よかった。
熱が早く下がりますようにと、真夏の抜けるような青の向こうで、悠々と鎮座しているであろう神さまに祈った。きっと、きっと神さまは、今度こそ願いを叶えてくれるだろう。俺たちは、まだ神さまに嫌われるような事は何も、していないんだから。
どうか、ずっとこのままゴクデラくんと一緒に居る事ができますように。















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