ぼんやりと、日光の当たった天井を見上げた。瞬間、かばりと体を一気に起こす。左手が、まだきつく空を握っているのを見て、ほっと安堵の溜息を吐いた。ゴクデラくんは、どうやらベッドの淵に腰掛けている、らしい。熱、下がったのかな?
多分、ゴクデラくんが居るであろう、空に手を伸ばすと、やっぱり少し熱い身体に触れた。びくり、と動き、きっと今俺のほうを、みた。(見えないけど)


「おはよう、ゴクデラくん。よかった。どこかに行っちゃったかと、思った」


そういって起き上がる。俺の手を、ずっと握っていたんだろうか。急に、ゴクデラくんの力が、慌てたように抜かれた。並んで、ベッドに腰掛け、おそらく顔があるであろう部分を見て、わらいかけた。


「……ありがとう、ここに居てくれて」


風を切る、感じがする。あ、多分今手を、思い切り顔のまえで、振ったんだろう。なんだか、わかる。さんさんと日光が照りつけて、暑い。ずっと続いていた霖雨のせいで、湿気が重いけれど。なんだか、幸せだ。よかった。ほんとうに。
ゴクデラくんが、居なくならなくて。
しばし沈黙して、夏の朝の暑いんだか、清清しいんだかよく分からない空気と、平和すぎるセミの鳴声を聞く。すっかりと晴れ上がって、きっと昼には、セミは耳を塞ぎたくなるくらい合唱し、青すぎる空の向こうには、白いおいしそうな雲が浮くのだろう。
「行くの?」


地べたに落ちていたノートとシャーペンを拾い上げ、渡す。また、今度は膝に置いて、(ふわふわと、ベッドの端にノートが浮いてる)シャーペンを走らせた。


"はい"


短い答えが、帰ってきた。ぴちちと平和な鳴声が、する。もう朝の九時。これからますます気温が、上がっていくんだろう。いつもなら、もう一眠りするところ、だけど。


「…熱は、大丈夫なの?」
"大丈夫です"
「そう。…でも、まだ少し熱い」


しっかりと握った手は、普通の人よりも多分、熱い。ごつごつと骨ばった、俺より大きな手。立ち上がって、ノートが浮いてる辺りの、前に立った。


「じゃあ、俺も用意するよ。立てる?」
"ダメです。俺は、大丈夫ですから"
「昨日言ったこと、覚えてるよね。俺は、きみと一緒にいく」
"お願いですから。手を離してください"


震えた筆跡。…そんな字を書くくせに、何言ってるの。何故か、今どんな表情をしているのか、分かった。きっと、いつもみたいに、困ったような哀しい顔をしているんだろう。手を離してくださいなんて、振り払えば、済むことなのに。行動が、矛盾してるよ!


「嫌なら、俺の手を振り解けばいいじゃないか」
"出来ません"
「じゃあ、俺も一緒に行く。どこに行くのか、知らないけど。用は見つからなきゃいいんだろ?」
"お願いですから、止めてください"
「やだ」


ひとこと、そうきっぱりと言う。俺はいつからこんな自己中心的な、人間になったんだ?ほんと、不思議。なんか昨日一日で、いっきに性格が悪くなったような、なんだか、…不思議だ。もう。何を言われても、何をしても、俺はこの考えをとめない。この考えが、間違ってても間違ってなくても。ぎゅうときつくきつく手を、握る。もしかしたら、ゴクデラくんは、少し痛いかもしれない。 ぐい、と手を引っ張って、無理やりゴクデラくんを立たせた。遠慮がちに進まない腕を、ひっぱり本棚前まで移動する。一番高い棚に手を伸ばして、幼い頃から、ここでくれる、使い道の分からなかったお小遣いを溜めた、貯金箱を取り出す。
ありがちな、なんと言う名前なのかはすっかり忘れてしまった、緑色の恐竜の貯金箱。机に置いて、少し苦労しながら、片手であける。じゃらじゃらと、お金が出てきて、全てを換算すると、6万円くらいには、なるだろう。よかった、俺いままでお金を使わなくて。少し、自分を褒めてあげたい。
でも、そんなお金で、たかが知れているだろう。どれだけ行動できるか、なんて。……首を軽く振って、その想像を打ち切る。大丈夫、なんとななる、はずだ。
学校へいつももって行く、有名スポーツメーカーのエナメルでできた大きな横賭け鞄を取り、また無理やりゴクデラくんの手を引っ張って、片手でつぎつぎと服を詰め込む。ゴクデラくんは、口を聞けないし、もちろん表情も見えないから、否定をうかがい知る事は、できない。(俺って、なんて自己中なんだろう!)学校じゃ、ダメツナなのに。急に俺は、なんでもできるような気がした。期待と不安で、胸が高鳴る。…忘れずに、シャーペンと、ノートも。
ひととおりの、ものを全部詰め込み、持てる全てのお金を財布に入れ、チャックを閉めた。じじ、とジップの音がして、それをいつものように斜めに肩にかける。いつもは、教科書も学校に置いているから、大きいだけで、びっくりするほど軽い鞄だけど、今日は、ずっしりと重い。


「さあ、行こう?」


今度は、無理やりじゃなくて、軽く引っ張る。そして、歩き出さずに部屋の中央で、止まった。


「ごめんね、俺は自己中心的なんだ。ほんとにきみの意見を無視してるけど。何から逃げてるのかも、知らないけど。俺は、行くよ。いまきみを見失ったら、きっと一生会えない」


口に出してみて、それは確信に、なった。我ながら臭いな、なんて思うけど。きっと本当に、もう会いに来ては、くれないだろう。俺は、今正しいのか、間違いなのか、分かってないけど。透明の空間に向かって、わらいかける。
やっぱり、他の人からみたら俺は、きっとすっごく不審者に、見えるんだろう。クラスメイトが見れば、異人と関わったから頭がおかしくなった!と俺を軽蔑し、嘲笑うだろう。
本当は、きみの返事も聞きたいけど、ノートは今鞄の中だし、外でノートがひとりでに浮遊しているところを、見ればきっとすぐにバレるだろうから。…そういえば、きちんと、何故逃げてるのかとか、聞けてないし。本当にそんなに切迫して逃げているのかも、分からないし。もしかしたら、俺は馬鹿みたいなのかも、しんないけど。(早とちりかも!)一昨日の俺が、想像した今日は、相変わらずだらだらと夏の一日を過ごしているだけで、こんな風に、目的もなくどこかへ行くとは、思ってなかっただろう。
何度も自問自答したけど、うん。やっぱり、行かなければ。
手を握りなおし、もう一度空間に笑いかけた。俺が、その手を引くよりも、早く、ゴクデラくんが、一歩、進んだ。(ような、気がした。なにせ、彼は見えないから)ほっと、心の中でちいさく溜息を付き、部屋の扉を、あける。
空が、俺のいっぽうしろから、俺に手を引かれるように、あるいてくる。君が、そこにいることの証は、繋いだ空間の、あたたかさ。















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