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柔らかい雨が頬に張り付く。半分霧のような雨、一歩進むごとに暗くなっていく景色。何時もの空が描いた傘を持たずに、雑木林へ走る。薄暗い雑木林の下はぐちょりと湿った土で、お気に入りのスニーカーに土が付くのが見えた。でも気にしていられない!どうしても、レインマンを、ゴクデラくんを見たような気がするんだ!濡れた草が足首に絡みつく。どきどきと心臓が高鳴る音が聞こえた。何度も、何度も脈打つ。バカみたいだって、自分でも分かってるけど。本当に、分かってるけど。足が勝手に前に進む。
薄暗い、雑木林の中を走る。先刻、一瞬だけ灰色が見えた場所へ!


…ぴたり、と足を止めた。


「………………ゴク、デラ…くん?」


俺の喉から出たとは思えない、小さな、声。名前を、口に出して、彼に向かって呼ぶと、それは不思議なくらいしっくりと馴染んで、何故だか泣きそうに、なった。小さな雨音、高い木から落ちてくる大きな雫がひとつ瞼に当たる。
荒い息遣い。倒れこんだのか白い肌や服に泥が付いていた。は、はとゴクデラくんの形のよい唇が半開きになって、苦しそうな呼吸を繰り返している。紅潮した頬、うっすらと目を開けた。相変わらずきれいな緑の瞳が俺の眼とぶつかる。苦しそうな目。


「……ゴクデラくん!?」


名前を、呼ぶ。草の上に倒れた彼の横に膝をついた、べしゃりと膝小僧が柔らかい土に食い込む。…何故?とゴクデラくんが潤んだ目でそう話した気がした。身体を揺さぶると、ひどく、熱い。荒い呼吸音。


「大丈夫!?」
緩慢な動作で首を上下に動かす。右手を持ち上げて、俺の手に遠慮がちに、恐る恐る触れた。熱い。(…俺に、触れた?)
「…ひどい熱だ!何でこんな所に…!とりあえず俺の部屋に、」


そう言って、彼が遠慮がちに触れた手を掴むと、その手を力なく振り解き拒否するように首を左右にふった。(手を振ってさよなら、…夢の表情と酷似!)哀しげな目が揺れる。


「でも、すごい熱だよ?こんなところに居たら、もっと熱がッ」
また拒否するように首を振った。
「お願いだから」
哀しげな瞳が揺れる。


辺りはもう真っ暗で、ゴクデラくんの灰色の髪の毛だけが、発光している気がした。熱で潤んだ目が訴えるように、哀しく揺れる。
ああ、いつも俺はこうなんだ。ゴクデラくんの力になれない。また哀しそうな顔をさせている。また、俺が彼に哀しそうな顔をさせてる!ねえ、きみは俺の尋ねてきてくれたんだから。お願いだから、俺は嬉しい、だからわらってよ。(熱があるのに?)いつもみたいに、優しい顔でわらってよ。
やっぱり、俺は臆病だ。
このまま、彼の望むように、でも、放置できるわけが無い。俺の大切な友達なんだ。…たいせつなひとなのに!熱を出してる。とっても、ひどい体調みたいだ。……。ぐるぐる思考が頭を何度も回る。


「…ごめん」


あやまると、ゴクデラくんの右腕を掴んで引っ張った。そのまま、身体を抱える。雨を染み込んだ服と、俺よりも大きな身体が、重い。重いけど!半ば引きずるように、手を引いて歩き出す。雑木林の土が、拒むように足を掬った。ゆるゆると、弱い力でゴクデラくんが抵抗する。でも、潤んだ瞳には、困惑と、拒否と、他の色が見えた。少し雨がひどくなったみたいだ。ぼたりぼたりと葉を伝って大きな雫が頬とか、顔とかに当たる。
ずるずる、ずるずる。ゆっくりと、でも確実に歩く。俺の部屋の窓が近づいてきて、どうやって彼を中に入れようか?なんて当たり前のことが頭に浮かんだ。相変わらず、ゆるい力で俺の身体を押し返す彼の力を感じる。…………俺が、ゴクデラくんに触れたのは初めてかも、しれない。(と、いうか初めてだ)
普通に、今は少し熱いけれど、人間の体温で。…あやまらなきゃ、とまた焦燥感に似た感情が脳を急かす。


「…………ごめん、ごめんね」
そう繰り返すと、ゴクデラくんの眼がまた左右に揺れた。
「俺って最低な奴だから」
否定、を表す。首を左右に振る。


ふらふらと背中にもたれかかるように歩く、彼を振り向くと、何故だか中途半端に霧に隠れているような、もやもやと姿が識別できないような気がした。ぼとりとまた大きな雫が落ちてくる。 急に、今までのゆるい抵抗ではなく、ぱしりと繋いだ手を解かれた。俺の部屋の窓はもう近い。半分背中にもたれかかっていた身体を無理に起こした。


「…ゴクデラくん?」
首を振る。ふらふら、と身体が傾いた。倒れる寸前で受け止めると、またその手を払う。
「お願いだから、ねえどうしてそんなに入りたくないの?」
(どうして、ああタブーだ)哀しげな瞳。そんな顔をしないで!
「熱があるんだ。俺はきみが誰かに追われてるって知ってるから、病院に連れてゆけないって、分かってる」


そう言うと。大きく目を見開いて、どん、と俺の胸を強く押した。再びよろめき、べしゃり。音を立てて倒れる。慌てて起こそうとすると、その手を払いのけられた。


「……やっぱり、そうなんだね」
大きな目が揺れる。
「でも、俺は全然気にしないし、きみが何者でも構わない。きみに謝りたいんだ。もう、前みたいなことは、したくない。…したくないんだ」


湿った空気の中に、声が響いた。ゴクデラくんが唇を咬んだ、下を向いて、
……頬を、雫が伝う。(彼の涙も、目と同じように、雨みたいにきれいだ)暗い闇の中で、自分の部屋の窓の人工的な明かりがゴクデラくんの顔を照らす。あんまり、きれいで。俺は一瞬見とれてしまった。雨が頬を打つ。なんとなく、俺は、…彼と俺の壁みたいだった、窓の外と窓の中、その境界線を越えたんだと、思った。


「ひどい熱なんだ、ここに居たら、本当にひどくなるから」


そういって、しゃがみ込んだゴクデラくんの手を取る。ゆるゆると首を振って、尚も拒否。でも、もう力があまりでないみたいで、ふらふらとまた俺の倒れ掛かった。熱い息が掛かる。何故だか、霧が掛かったような姿に、あっというまに消えてなくなってしまいそうな、そんな気がした。
来る時に開けて来た、部屋のすぐ隣にある非常ドアに手を掛ける。きっと俺の部屋に近いから、誰にも見つからずに入れるだろう。もう一度、手を引くと、もう抵抗する力も残ってないみたいに、俺の身体に寄りかかった。半開きの眼は、焦点があまりあってなくて、俺はバカだけど、随分と大変な状態だってことがよく分かった。
背負うように、彼の身体に手を回して、重い扉を開ける。
非常ドアを少しあけて回りをみると、誰も居ないみたいで、ほっとした。大きく扉を開けて、片足で支える。ずっしりと、水を含んだゴクデラくんの身体は重い。でも、少しでも彼の役に立てればと、そう思うと、あんまり気にならないような、気がするんだ。


扉をくぐる。
廊下に、滴った水が落ちてぱしゃりと音を立てた。沈黙、静かな廊下。支えていた片足から力がなくなって、ぎいという音と共に、俺の身体にぶつかった。


「…………え?」


乾いた声が、喉から自然に、でた。彼の重さを背中に、腕に、感じる。存在を感じる。荒い息遣いも、首にかかる。背中に熱い体温を、握った手にも体温を感じる
俺が、振り返ると。真っ暗な闇に、開いたドア。その向こうに、どんよりと佇む雑木林があった。夜の雑木林は、暗い緑で、雨がしとり、しとりと降り続けている。それ以外、何も見えない。まるで、…彼の、身体があるべき場所を、綺麗に消してしまったみたいに。本当に、…消えてなくなってしまったみたいに。ゴクデラくんが、


見えない。















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