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「あなたがここに居るなんて珍しいですね」


ぎい、と木の扉が開く重い音がして振り返った。ゆったりと笑みを浮かべ、修道服を着た老婆が視界に入る。


「……シスター」
「何かあったのですか?」
「…いえ、なんとなくです」


上から吊り上げられてる大きな十字架から眼を離して、深い慈愛を湛えたシスターの眼を見た。
なんとなくで俺はこんなところには来ない。朝の礼拝も殆ど参加した事がないし。…俺は、罰当たりだから。こんな時だけ神様に縋ろうとする。縋ったって意味ないのに、信じても居ないのに。シスターはきっと怒るだろう。


「お座りなさい」
「…はい」


長い椅子に腰掛ける。誰も居ない教会は、予想外に声が響いた。


「近頃、元気がないようですね」
「そうですか?」
「ええ。何か悩み事があるのなら話してみなさい。主が正しい道に導いてくださるでしょう」


…そうならいいんだけど。
どういう風に導いてくれるって言うんだ?夢にでも出てきて、こうしなさいって指示を貰えるのなら俺はいくらだって話すだろうし。大体、雨を降らす方法なんて誰にも分からないよ。


「悩み事、というわけではありませんよ」
「ならどうして、あなたはそんなにも思いつめた顔で教会にいるのかしら」
「思いつめた顔、ですか」
「随分と暗い顔をしているように私は見えますけどもね」


そんなに暗い顔をしているだろうか、俺は。まあ彼に会えないのは死ぬほど寂しいけど。こうして会いたいがために教会に来て無意味な祈りを捧げてるし。バカだなあ俺やっぱり。こんなこと、かみさまに頼んだってなんにもなんない。


「…待ってるんです」
「何を?」
「雨」


シスターが微笑して、頷いた。大きな十字架を仰ぎ見る。


「あの男の子のことですね」
「ご存知だったんですか」


吃驚した。…彼の存在をシスターが知っていたなんて。なら、絶対俺、変だよね。だって、なんだかそれっておかしい。


「雨の日によくあなたの部屋から話し声が聞こえますから。一度だけ、男の子の姿を遠目に見たことがあるだけですけどね」
「怒らないんですか」
「どうしてです?」
「……だって、」


だって、の続きを飲み込む。無断で院に知らない人をいれてるし、身元不明だし。いっぱい叱られる要因はある。でも、彼の外見を見たのなら。…俺は、ずっと意識しないようにしていたけど。ずっと考えないようにしたけれど。


「…眼の色や、髪の色で人は判断できませんよ」
「……………」
「全ての隣人を愛しなさい、と主は仰いました。外見で人を差別するなど、愚かしい事です」
「……かみさまも、よい事を言うんですね」


またあたたかい微笑を浮かべ、シスターが深く頷いた。
この国には、なくならない差別意識があって、俺はミスターレインマンのあの髪の毛とか目の色とか大好きで。でも、他の人は絶対にそうは思わない。っていうんだよ。なんだか、ひどくほっとした。そう思うのは俺だけじゃなかったのか。…ほんとうにほっとした。
シスターがまた、深い慈愛を湛えてほほえむ。


「彼は、友達ですか?」
「…友達、…だと思います」
「そうですか。良い、友達を持ったのですね」
「…どうしてですか?」
「あなたが、そんなにも会いたいと思うなら。良い友達なのでしょう」


…友達。
なんだか釈然としないけれど。俺のこの気持ちは、テレビで安売りされてる恋に酷似してる。でもそれは流石におかしいよね、てかそれは。うん。おかしい。やっぱり友達だよ。彼は。


「雨の日にしか来ないようですね」
「どうしてかは、俺もよく知らないんです。…彼は、口を開かないから」
「…そうですか。でも、会いたいと、そう思う気持ちは大切になさい」
「……はい、大切に、します」


しばし沈黙。隣でシスターがロザリオに頭を垂れて何か祈りを捧げている。
十字架を見た。この十字架に吊るされて死んだ、主だとかいうかみさまは、案外よいことを教えているのかもしれない。(当たり前か)雨は相変わらず降りそうにないけど。…もうすぐかも、もしかしたら雨が降るかも。毎日、期待を持って生きることは、楽しい。そりゃあ期待を裏切られるのは辛いけど。雨を待つ。それだけで、世界はすこし色を取り戻す。あの陰鬱な灰色を待ち続ける事で、世界がきれいになるなんて、なんか矛盾だ。


「ああ、そういえば」


祈りが終わると、シスターが思い出したようにこっちを向いた。


「今朝、あなたのお父様が参られましたよ」
「…………」


つい、眉間に皺がよる。せっかくすこし御機嫌だったのに。拒絶の色を含んだ声をだした。


「あの人は父ではありません………何しにきたんですか」
「そんな悲しい事を言ってはいけません」
「悲しい事ではありません。実際あの人は父親ではありませんから」
「……血は繋がっていなくとも、父親だとは思えませんか?」


思えるわけがない。
……得体の知れない、あのいつもひょうひょうとした人。俺は大嫌いだ。


「何しに来たんですか、あの人」
「…あなたが元気にしているか、と近況をお聞きになられました」
「別に、俺が元気でも元気じゃなくてもどっちでも良いんだ」
「それでも、あなたのお父様はそんなお人じゃありませんよ」


一瞬、シスターの正気を疑う。あの人のどこが良い人だ?
どうしても、始めてあった時からあの人が嫌いだった。…まあ、あの人のお陰で俺は今まで路頭に迷わず学校にも行けてるんだけど。でも、


「俺はきらいです」
「…ひどく悲しまれるでしょう」
「別に、あの人がどう思おうとどうだっていいです」


シスターが悲しそうな眼で少し十字架を仰いだ後、立ち上がった。


「私はそろそろ行かなければなりません……あなたも、そろそろ夕食の時間ですよ」


呆れられたのかな。バタン、と扉の閉まる重い音がする。
…思い出すだけで不快。あの人はどうしても、嫌いだ。初めて顔を合わせたときは、小学校3年生だったっけ。…どうして、自分でもあそこまであの人を嫌悪するのかはわからない。でも、あいつが父親だなんて認めてないし。実際どんな物好きで、俺なんかにお金を払ってるんだ?もうやめてくれたって一向に構わないのに。


ミスターレインマン。
無理やり彼の姿を思い浮かべて、不快な思考を断ち切った。















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