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「…………」


平坦な教科書を読み上げる教師の声が耳を左から右へ通り抜ける。綱吉は深い溜息をついて、そ知らぬ顔で真っ青に晴れ渡った空を睨んだ。雨、降らないなあ。みんみんみーん、と暑苦しい虫の泣き声が耳にうるさい。





…俺には、六歳からの記憶しかないんだ。六歳の時に交通事故に遭って、記憶をどこかに落としてきたらしいんだって。なんだか落し物みたいな言い方だけどねー。別に六歳までの記憶なんて普通の人でもあんまりはっきりとは覚えてないものみたいだから、そんなに支障はないけど。
俺は赤ちゃんの時にこの孤児院に捨てられたんだって。無責任な母親か、育てられなかった母親かが。だから俺にはもちろん肉親なんて居ないし。そのせいで、よくわからないいじめを受ける事だってあるけど。俺は生きてくるうえで、それを上手くやり過ごす方法を身につけてしまっていたから、そんなに気に留めることもないんだ。
この国は他所の国とずっと戦争をしてたじゃない?その影響かは知らないけど、物乞いがたくさんいるでしょ。きちんと孤児院に入ってこういうふうに学校に通える自分は比較的幸福なのかもしれないけどさ。それでも、この自分がここに存在している事すらよく認識できない、速すぎる時間の流れとか、中身のない授業なんか嫌で仕方なかったんだ。
だって、俺は頭が悪いから授業なんてよく理解できないし。こんな考えを持っている俺を今もアスファルトに焼かれながら、人に物を恵んでもらっている人たちはどう思うかな?きっと贅沢だとおもうに違いないよね。
俺だって、できることなら変わってあげたいよ。


ずっと前に、彼に話した内容。俺は、そんなに気にしてなかったんだけど。…この話をしたとき、ミスターレインマンが今までにないほど、どこかが痛そうな顔でぐしゃりと顔を歪めた。それがずっと頭に残っている。


「ミスターレインマン」


口の中で呟く。横に座っているクラスメイトが不思議そうな顔でこっちを振り向いた。
相変わらず俺は雨を待ち続けている。…どうして、彼はいつも雨の時しか来てくれないのだろう。ぎらぎらとがめつく照りつける太陽をもう一度憎憎しげに睨むんだ。太陽が負けじと照り返してきて、視界がちかちかする。
…もしかして、彼は物乞いなのだろうか?でも、それならいつも綺麗な服を(雨には濡れているけれど)着ているのはおかしいし。もしかして、どこかのお金持ちの人なのかもしれない。いくら考えても、俺の拙い頭じゃ結論なんて出せないし。
彼がこんな質問をするたびに困ったような泣きそうな顔をするから、どうしても聞けないし。…でも、
彼のそんな謎めいた部分が更に俺を引き付けているから。どうして俺はミスターレインマンにそれほど執着するのか?そういえば、この間"どこかで会ったことない?"っていう質問にも、顔を歪めていた。…どうしてかな、もしかしたら本当にあったことあるのかもしれない。
この国じゃあ、あんな灰色に緑の眼なんて珍しいから印象に残ってるはずなんだけど。…すっごく、彼のあの容姿にデジャヴュを感じるのはどうしてかな。


「沢田、続き」
「…え、あ、すみません。どこですか?」
「またお前は聞いてなかったのか?ダメな奴だな、いいかげん受験生だという自覚を持て。…もういい、じゃあ吉元」


棒読みで、お経のように中身のない教科書の文章が読まれては空中に霧散していく。
どうせダメな奴だよ、と卑屈な気分になって溜息を吐いた。また窓の外を見上げる。…受験生かあ、でも、今この国で進学したって意味ないと思うんだけど。でもやっぱり学校はいかなくちゃならないし。
くすくす、と(おそらく俺に当てたものだろう)小ばかにした小さな笑い声が聞こえる。初夏の湿気が肌に纏わり付いてじっとりと気持ち悪い。
…この国は、腐ってる。戦争は勝ったらしいけど。俺が居るこの帝都は戦争なんてまるでなかったことみたいに、戦争をしている最中でも戦争をしている事すら忘れてしまうくらい平和だった。でも、他の地域は酷い被害を受けたらしいし。
そんなことも、この帝都のテレビはまったく流さなかった。毎日毎日、勝っています、今日敵は何千人死にましたなんて事を流している。学校はその話で持ちきりだった、今思い出しても身の毛がよだつ。
人が、死んだ。
その事実が、敵味方関係なく痛い。戦争が終わった今でも、戦争の英雄インタビューなんてやっていて。英雄なんているはずがないのに。
俺は神を信じないけど、シスターのいう事もよくわからないけど。…戦争で、人が殺されてゆくのはおろかだと。その考えには賛成できる。…ああそういえば、ミスターレインマンにその話をしたら、また泣きそうな顔で悲しそうに俯いたんだっけ。
どうしてだろう…もしかして、戦争賛成だったとか?やっぱり彼についての、俺が持っている情報は、どうやら口が聞けないみたい、灰色の髪緑の眼、雨の日にやってくるという事。
少なすぎる、俺はもっと彼のことが知りたいのに。
でも、彼は詮索を嫌う。ああ、複雑だなあ。





あいかわらず太陽はぎらついていて、当分雨は降りそうにないかもしれない。…やだなあ、雨ふって欲しいんだけど。いっそ雨乞いでもしたい気分だ。でも、雨乞いしたところで雨が降るわけないからね。
遠くの国では、まだ戦争は続いているんだろう。別に、声高々に世界平和を叫ぶつもりもないけれど。やっぱり、人が死ぬのは嫌だなあ。…学校は、本来そういうことを教えるところですよ。とシスターが言ってた。でも、この学校は"昨日敵が3千人も死んだそうだ!"なんて教師が喜んでた。
この国が開発した兵器、がすべてやっつけた!なんて。…そんなの、ひどいとおもわないのかな。
彼の困ったような雨の中の笑顔を思い浮かべて、すこし溜息。


ねえ、ミスターレインマン。俺は俺が思っていることも、君の意見だって聞きたいんだよ。君がどんな価値観でも構わないから、君ときちんとしゃべってみたいんだ。
初めの頃は、話を聞いてくれるだけでよかったんだけどね。だんだん、おしゃべりをしたくなってきた。やっぱり俺は欲張りで、罰当たりな人間かなあ。


…とりあえず、君に会いたいよ。ミスターレインマン。















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