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こん、こん
控えめに何かを叩く音がする。小さな本当にちいさな音は、耳を澄ませていないとすぐに雨音にまぎれて消えてしまいそうだ。がばっとベッドから上半身を勢いよく起こして窓に駆け寄った。雨で半透明になった窓の向こうにゆらりと人影を確認して、にっこりとわらう。素早く窓をスライドさせた。
すぐにでてきた俺に吃驚したのか、ミスターレインマンは相変わらず傘も差ささないまま、固まっていた。それを見て、ぷっと噴出す。


「久しぶりだね、元気だった?」
こくり、と頷く。


まだ雨は降り初め。いつも彼は雨が降るタイミングが分かってるみたいに、降り始めたらすぐに俺の窓をノックする。


「また傘差してないんだ。風邪引くよ?」


いつもぱくぱくと口を開閉させ、閉ざす。ああそうだ、今日は聞いてみたいことがあったんだっけ。やっぱり名前がミスターレインマンのままじゃ、いやだろうし。まあ、彼は俺がそう呼んでる事を知らないけど。


「ねえ今更だけど聞きたい事があるんだ、いいかな」
首を上下に振る。
「…名前、教えてくれる?」
困惑したように眼をキョロキョロ動かして、また口をぱくぱく。何かを喋ろうとしているのかもしれない。
「やっぱり、ダメかな」
激しく首を今度は左右に振る。雫が少し飛んで、俺の頬にぴちゃりと付いた。
「ねえ、」


…聞いても良いのかな。
今まで俺は人に深く関わる事をしてこなかったから、どこまで人に立ち入っていいのか。そのボーダーラインがよく分からない。もし傷つけちゃったらどうしよう、気にしてたらどうしよう。そう思うとひどく臆病になる(臆病はいつもの事だけどね)。


「…喋れないの?」
ミスターレインマンは、大きく眼を見開いた後。申し訳なさそうに俯いた。
「あ、ごめんね!俺別に深い意味はなかったっていうか。別に全然大丈夫だから!もしなんか傷つけちゃったらあやまる、ごめん!」
必死で弁解すると、彼が顔を上げてあせった俺の顔をみてまた泣きそうな顔でわらった。気にしてないよ、という風に首を振る。
「……でもやっぱり名前がないと不便なんだ」
困惑した顔でまた俯く
「俺も君の名前知りたいし、あ、もしかして教えたくない?」
それはない、といった風体でまた激しく首を左右に振る。もどかしげに口を開閉。


俺も黙り込んで思案。
やっぱり彼の様子じゃあ口が聞けないみたいだし…どうしよう。ざあああと雨の音がする。それが耳に心地よい。いつもは、俺が一方的に愚痴や、毎日の事を喋って、それから二人で雨が上がるまでひとことも喋らずに、待つ。その時間が、一番好きだ。
そういえば、ミスターレインマンは本当に不思議だ。一度、雨が上がる直前に、彼から一瞬眼を離した。その隙に、消えていなくなってしまった事がある。一瞬で遠くに行くのは不可能だと思うんだけど。だから、俺はたまに彼が本当に魔法使いなのかと思うことがある。ばかばかしいけど。


「うーん、じゃあやっぱりいいや」
申し訳なさそうにほほえむ。彼は普通に無表情だと、随分強面に思えるけど、表情が結構豊かだ。


どうして、と文章の答えを要求する文章を使うと彼はいつももどかしげに口を開閉させて、俯いてしまう。だから俺は彼への質問はなるべくイエスかノーで答えられる質問にしている。俺は、彼のころころと変わる表情がすごくすきだ。


「あ、そういえばね。今日学校でね、前に話した先生居たでしょ?あの人の、」


俺がまた一方的に喋る。疎ましいと思うんだけどな。何時も俺は長い話をしながらミスターレインマンの表情に気を配る。でも彼はいつも嬉しそうな顔で、俺の話に耳を傾けているだけ。俺がわらって欲しい時に、声を出さずにわらい、欲しい表情をくれる。
随分な聞き上手だとおもう。…どこに住んでるんだろうとか、いっぱい聞きたいことはあるんだけど。ざああああああという雨の音が止まないように、いっそずっと降り続けてほしいといつも願う。大抵、雨が降るのは夜だ。俺はいつも、雨がやむ明け方まで喋り、次の日学校に行っては居眠りをして怒られるんだけど。彼と喋っていると、眠くなんてならない。
ざあああとまた雨音に紛れて彼がほほえむ。


「…ごめんね?」
不思議そうな顔。長く続いた俺のどうでも良い話をした後。
「なんかいっつも俺ばっかり喋ってるし」
ちいさく首を左右に振る。ふわりとほほえんだ。


どうせだし、もうひとつ気になっていた事を聞いてみよう。これは、きっと傷つけたりはしないはずだから。


「ねえ俺たち前にどこかで会った事、ない?」
また眼を大きく見開いて(ビーズのような眼が零れ落ちそうだ)、口を開閉。
「…あ、やっぱり思い違いかなあ。だったらいいんだけどね。なんだか、君のその髪の毛と眼の色があんまり懐かしいから」
ぱくぱく、と口を何度も開閉させた後、今にも泣き出しそうな顔になった。
「え!?なんでそんな顔するの、聞いちゃダメだったかな。ごめんね、大丈夫?」
俯いて泣き出しそうな彼に、窓から身を乗り出して触れようとする。突如、びくりと彼が身を引いて俺の手を避ける。
「あ、…ごめん」
身を引いたまま、泣き出しそうな(もしかしたら雨にまぎれているだけで泣いているのかもしれない)顔をする。


彼に触れたことは一度もない。もしかしたら、俺は幻を見てるのかも。自分に都合の良い幻、なんかそういう事があるって前通りすがりに見たテレビでやってたし。ざあああああという雨の音以外物音のない静かな空間。すこし気まずい。


「本当にごめんね」
あせったように首をまた激しく左右する。
「…雨、まだ止まないよね」
夜の闇の向こうにある雨雲を仰ぎ見て、寂しそうな顔をした。
「もうすぐ上がっちゃう?」
俯いて、こくんと首を上下する。


俺も、同じように俯く。どうやら通り雨だったようだ。まだ20分も立ってないのに!最近、雨が降らなくなってきた。もう梅雨も終わったし、夏になるに連れてどんどん雨が減ってゆくのだろう。それが本当にどうしようもなく寂しい。お通夜のような雰囲気がふたりの間を満たす。
だんだんと小さくになっていく雨音。


「…もう上がっちゃうね」
寂しそうに深く俯いた。そうしていると、雨の中に捨てれた子犬のようだ。少し可笑しくなってわらう。
「また今度いつ会えるかなあ」
すぐに会えます、というように彼がふわりとほほえむ。
「うん、そうだね。会えたらいいね」


実際、彼は雨が降るタイミングをよく分かっているみたいだ。止むタイミングも。
本当にミスターレインマンってかんじ。闇と正反対に、雨に打たれた肌は真っ白だし、灰色の髪の毛も緑色の眼も、すごく雨を連想させる。いつか、彼の声をきいてみたいと思った。きっとこの優しげな雨の音のように優しい声なんだろうな。


もう行かなくては、という様にまた空を見て悲しそうに俯いた。
「…あ、止む」


俺も、止むタイミングがよく分かってきた。ひとりごとのようにそう呟くと、彼がぺこりと深く一礼して、闇にまぎれて走っていってしまった。
全体的に白い彼の姿は、闇に溶け込む前にあっさりと魔法のようにふっと消える。
雨が、最後の一滴を残して、止んだ。
俺は深く溜息を吐いて、少し彼の消えた方を見た後カラカラと窓を閉める。吹き込んだ雨で少し机が濡れてる。俺はそれを軽くパジャマで拭いて、日記を広げた。まだ朝の4時。でももう眠る気はしない(きっと学校でねこけてしまうけど)。 お気に入りの緑色のシャーペンを筆箱から出して、日付の上に雫マークを書いた。今日話したこと、あったこと、気付いた、分かった事。忘れないうちに日記に書き込む。


…声が聞きたい。


最後に一文そう書き、ベッドにぼすん、と寝転がった。もう一度雨が降ってくれないものか、そう思うけど。ああ、あと一週間は晴れが続くんだっけ。…憂鬱。















>>04



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