彼は、雨の日になるとやってくる。


いくつぐらいなのだろうか、随分と大人っぽくみえるけど、もしかしたら同じくらいの歳なのかもしれない。何度も彼とは会ってるけれど、一度も会話をしたことはない。いつも嬉しそうにほほえんで、俺の頭の悪い話を聞いてくれるだけ。それで、俺も随分と救われている。俺の生活環境は、まあ飢え死にとかはしないから良い方なのかもしれないけど。楽しいかといわれると、そうでもないし。実際、毎日同じことの繰り返しで、特別な事も無い。昨日何をやったかも思い出せなかったりする。
そんなだから、彼と会える日は心の底からうれしい。
毎日、天気予報を見て雨マークだとどきどきするしわくわくする。彼が俺の人生の中で、今一番輝いているものなのかもしれない。
コンコン、と俺の檻のような狭い部屋の窓をノックする音。彼はいつもずぶ濡れで、傘も差さずに雨音にまぎれてほほえむ。彼の名前を俺は知らない。彼の声も俺は知らない。どうして、濡れているのか、傘を差さないのか。彼に対しての疑問なら積もるほどある。それでも、
やっぱり俺は毎週の天気予報を見て、雨マークの日があれば上機嫌になり、ベランダにでて雨の匂いを嗅げば自然とにっこりとわらってしまうのだ。彼が俺を訪ねてくることは誰も知らないし、知る術もない。
俺は毎日のように孤児院の小さな部屋から、無気力に学校へ通い、無気力に部屋に帰って過ごすだけ。そんな日々の中で、唯一望んでいるのが、あの雨の日の雲の色と同じ髪の毛をした、綺麗な緑の眼の美しい彼の姿。異国的な雰囲気を出した彼はもしかすると(もしかしなくても)外国人なのだろう。
ああ、そしたらひとことも喋れない訳も分かるなあ。…俺の話ももしかしたら理解していないのかもしれない。あ、でもそれは無いか。わらってほしいときに、声を出さずにわらうし。俺が欲しい表情をしてくれるから。
何時も窓に向かった小さな机に座り、前についた窓を見ている。ざああああと雨音にまぎれた、彼のノックの音が聞きたくて。切り取られた窓の向こうに、上半身だけが見えた彼の姿。にっこりと、俺が窓をあけるとほっとしたようにわらう。俺は、それを見ていつもどうしようもなくうれしくなる。嫌われ者の頭の悪い俺みたいな奴に、にっこりと嬉しそうにほほえんでくれるのは、彼しか居ないから。
実際のところ、俺は彼を逃避の道具というふうに思っているのだろうか?だとしたら、自分がもっと嫌いになる。自分の事ほど分からないものはないし。…ああ、雨まだ降らないなあ。いい加減名前をおしえて欲しいんだけど。
目の前においてある、白い紙きれ。俺の人生を左右するらしいんだけど。…そんなもの、どうだっていいのに。とりあえず、受験生なわけだし。保護者と相談して、決めなさいと担任の先生は言ったけど。シスターはあなたの望むように、といっただけ。我らが父が正しい道に導いてくれますよ。シスターの言う事は、俺にはどうも信じられない。神様なんていないのに。毎日形だけはお祈りしてるけど(させられてる、かな。罰当たりだ)。


「……降らないなあ」


ぼそり、と呟く。色素の薄いはちみつ色の髪がゆれた。今日は雨マークがついていたのに。がら、と窓を開けて外を見る。夕焼けが目の前の木々を真っ赤に染めていて、ここに彼が立ってたらさぞかし綺麗なんだろうな、とためいき。
この執着心や気持ちは、もしかしたら恋ににているのかも知れない。…男だけど。まあそんなものは、実際どうだっていい。彼の顔が見れたらそれでいいんだから。
右手で、くるくるとシャーペンをまわす。ちょっと高かったけれど、お気に入りの綺麗な緑のシャーペン。昔は、色にだってなんにだってこだわらなかったけど。今は何か買うなら緑色と決めている。我ながらなんだかおかしい。
嬉しそうに細めた彼の緑の眼を思い出して、すこしくすりとわらう。まるで恋する乙女みたいだ。実際彼は男の俺から見ても随分とカッコいいから、もしかしたら彼女とかいるのかもしれない、今度聞いてみよう。まあ彼は言葉を喋らないけど。…やっぱり喋れないのかな。
密かに、彼の事を俺はミスターレインマンと呼んでいる。だって名前がないとつまらないし。まだ、彼には言ってないけど。日記の端に、ミスターレインマン、と書いてる。好きな歌のタイトル。…彼は俺がこんな風に呼んでいる事を怒るかな(…きっとわらってくれるだろう)。
日記は、いつも簡単に。毎日変化が無いけど、その毎日の中で何か書きとめておかないと本当にその日過ごした証拠がなくなってしまうから。ミスターレインマンが尋ねてきてくれた日は、いつも長い文章がある。ひとつひとつ読み返してみると、ああ自分はやっぱり彼が好きなんだなとおもう。
降水確率が高い日の上には、小さな傘マーク。…本当に恋する乙女みたい。自分に苦笑。いつも雨に打たれて、寒くないのかな。まあ今は暖かいけれど。むしろ暑いし。…傘もささない。 ミスターレインマンとの出会いは、梅雨の中ごろ。
俺は、梅雨が嫌いで。むしろ世界の全てが嫌いだった。楽しい事なんてないし、友達だってそんなにいない。孤児だし、神様が救ってくれるわけでもない。だから、よけいに暗い気分になる雨が大っきらいだった。でも、今は、
ミスターレインマンが存在しているだけで、世界が素敵にみえるし、雨が降る日がこの世で一番すきだ。
ぺらぺら、と日記帳をめくる。お気に入りの(英語は苦手だけれど頑張って覚えた)彼の名前のもとになった歌を口ずさみながら、出会った日に遡る。
今日、雨が降ればいいな。
















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