[ 02, 会話 ]
…リボーンが、すきだ。
いくら俺がそう訴えようとあいつが聞いてくれたことはない。俺たちの間にあったのは、野蛮で、原始的で、本能的な、なにか。言葉なんてあってないようなものだった。否、実際言葉など存在していなかった。
あいつ、リボーンは俺は何をしようと俺に見向きした事なんてない。俺は、リボーンの気を引こうと思いつく限り何だってやった。たとえば、手当たり次第のものを壊したり、あいつの目の前で手首を切った事もあった、馬鹿みたいだけど。…いくら俺がそういう事をしようと、あいつが俺と視線を合わせたことなんてない。ただ、決まってリボーンが誰かを殺したときに(濃い血のにおいがするから)俺の都合とか、そんなもの丸無視で夜中に俺の家に来てはひどく暴力的に俺を抱くだけ。その間、抗議しようが愛してると言おうが、まるで何かの決まりごとみたいにリボーンは無表情に俺を抱いて、俺はいつも朝起きては誰もいない部屋でひとりぼっち。いつも、そのリボーンの残り香さえない朝にひとりで泣くのだ。
あの夜はもしかしたら俺の空想かもしれない、なんておもう。だってその後でリボーンに会っても俺を視界に入れもしない。こういうのをセフレっていうのなら、…もうちょっと世の中のそういう人たちは言葉を交わすとおもうんだけど。
もしかしたら、リボーンは他の愛人達にもこういう風に接しているのかもしれない、と淡い期待を持ったことがある。でも、俺はそのすぐ後に、ひとりの美しい愛人とにこやかに歩くリボーンを目撃している。(嫌味、っていうか)
いったいあいつは俺に何を期待していたのだろう。いや、俺と何がしたいんだろう。そうして人を殺した後に俺のところにきて、強姦に近い(それでも、俺はそれを許してるわけであって、ならばそれは和姦になるのだろうか)行為を繰り返すのだろうか。それを言葉にして聞いてみても、あいつからの返答はない。
それでも俺はリボーンが好きだ。どうしようもなく。(だから救いようがない)
それが、
つい1週間前、俺は。そのリボーンが信じられない行動をした。ああだから、俺のせいなんだ。俺は、いつまでもあいつの足手まといで。ああ、もう。
頭を抱え込む。俺の横にある部屋の中にいるのは悩みの種の人物であって。俺は、どうしてあいつがそんな行動を取ったのか、もうあいつに対して使うことすら諦めていた言葉を使って、聞こうとおもったのに。いつものように、無視されようもんなら。諦めずに何度も聞こうと、そう決心してきたのに。
あいつは、無視するどころか。
…本気で、もう信じられない。
あのリボーンが、記憶を失うなって誰が考えただろう?むしろ、ああリボーンも人間だったんだなんて感心してしまうほど。(場違いも甚だしい)
「…山本さん」
どさっとすぐ横に人が座った。煙草をくわえたまま、にっとわらう。
「リボーンは?」
「あー、ぜんっぜんだ」
「……覚えてることは?」
「日常的なものは覚えてるらしいぜ、でも自分の名前…まあ自分に関する事はさっぱりだな」
「やっぱり…俺のせいだ」
あー、とにごった声をだし煙草を持ったまま頭をかいた。
「お前のせいじゃねーってツナも言ってただろ?」
「でも俺が、……俺のせいです」
「…違うって、な?元気出せよ。らしくねぇぞ」
ぐしゃぐしゃ、と俺の頭をかき回す。暖かい掌。
「小僧に会いに来たんだろ?んなとこで座ってねーと入れば?」
そういって顎でドアの向こうを指す。それができたら苦労はないんだ。ちいさく首をふった。
実際のところ、今のこの状況に頭がついていっていない。それほどまでに、ありえないことなんだ。リボーンが俺と会話をすることが。普通の人から見たら、心底おかしいのだろう。…会話することに慣れない、なんて。気が付くとアイツとはもう十年来程度の付き合いで。それだけの時間を無視され続けてきたのだから、会話が成立する事に戸惑う。
「……山本さんは」
「ん?」
「山本さんは、怖くないんですか」
「何がだ?」
「……リボーンが、覚えてなくて」
ニ回、瞬き。それから、口角を上げて煙草を消した。
「いつもの小僧のが怖ぇーけどな」
「……………」
「なんか、今の小僧は歳相応って感じだしな」
「………俺は、こわいです」
「何でだ?」
このひと特有の、笑い顔。
「だって、リボーンが俺を相手にするから」
プッと噴出した後。声を出してわらった。…………なんで、わらうんだろうか。
「なんかそれって、…まあいーか。小僧んとこ行くだろ?」
「……………」
無理やり立たされて、部屋の扉をくぐった。リボーンが気配に気が付いて振り返る、山本さんが手を振った。俺は半歩離れたところで、すこしリボーンの顔を観察する。視線に気が付いたのか、不思議そうな顔のリボーンと目があった。
「…リボーン、…元気?」
何言ってるんだろう、俺。リボーンも、なんだかよく分からない顔をしている。だって、リボーンとなんか、何はなせばいいのかわかんないよ。
「…じゃあ、俺行くわ」
「え、どこか行くんですか?」
「んー、ちょっと野暮用」
「じゃあ俺も行きます」
「ランボは小僧と喋ってろ、な?」
にこやかに言うくせに、"はい"としか言えなくなるえがおで山本さんがでていった。気まずい。リボーンが眉を寄せて、こちらをじっと見ている。…ああ、なんだか、その表情は前のリボーンみたいだ。あ、でも俺はリボーンに表情を向けられた事なんてないに等しいから、そうとは言い切れないのかも。
「あ、俺の名前。前に言ったとおもうけど。…ランボだ」
「………ランボ」
思い出すように、確かめるようにリボーンが呟いた。それだけでどきり、とする。リボーンが、俺の名前を呼んだ。ああ普段のリボーンなら、天変地異が起こる。確実に。
だいたい、なにか喋れって何を喋れって言うんだよ。やれやれ、いつものリボーンなら俺は口を開いても何をしても相手にしてもらえないから、もうリボーンに対して口を開く事すら諦めていたのに。まさかこんな事になるだなんて。ああ、もう。…大体、リボーンがあんなことするから。俺は、…俺は。
「…何してんだ?ランボ。んなとこに突っ立って」
「え!?え、あ、えーっと、何でもないよ」
つい、吃驚してしまった。先刻の山本さんのように、ぷっと吹き出してリボーンが声をだしてわらう。(俺が今見てるものって、幻覚?)
「何だよ」
じっと、信じられない、といった顔で見ていた俺に、不機嫌そうにリボーンが片眉をを吊り上げた。ああ、こういう表情はなんだかリボーンって感じだ。
「……リボーンがそういう風にわらってるところって、見たことなかったから」
「…………ランボは俺と仲良かったのか?」
じっと、まっすぐに俺の眼を覗き込む、黒い瞳が案外綺麗なことに本当に今更気付いた。心臓が嫌なくらい脈打って、痛いくらいだ。
「あ、…えーっと。どうだろう、よく分かんないな」
「よく分かんねぇ?何でだ」
「…俺は、リボーンが何考えてるか、全然分からなかったから」
「…………変な奴だな」
また、愉快そうにすこし笑った。…リボーンの身体に、誰か知らない人の魂が入ったみたいだ。不自然。
「普通、人が考えてる事なんて、分かんねーモンだろ」
「…リボーンは何でもお見通しって感じだったけどね」
「…………」
考え込むように黙った後、またじいっと俺の顔を見た。
「どうかした?リボーン」
「…ランボ」
どきり、また心臓が跳ね上がる。
「…ランボ、ランボ」
「え、どうしたの?」
「あー……、無理だ」
「何が?」
「何か思い出せそうなんだ」
急に、何かが俺の頭に影を落とすのがわかった。(なんで?)
「……別に、いいんじゃない?」
「何が」
「無理に思い出さなくてもさ」
ぱちくり、リボーンがびっくりしたような顔をした。俺だって、びっくりだ。だって口が勝手に動くんだから、ああもうありえない。ふたりして、硬直したまま。すこしして、リボーンがプッとまた噴出した。
「やれやれ、なんでわらうんだ?」
「だって、ランボ。すげえ顔してる」
「なんだよそれ、リボーンだって変な顔してるくせにさ!」
笑い声が響く、ああやっぱり俺って今夢みてるのかも。
「…あれ、ランボ」
後ろから、声がした。振り返ると横に獄寺さんを従えたツナさんが見えた。
「来てたんだね。…調子はどう?リボーン」
先刻まで、わらっていた表情を綺麗に打ち消し、視線を外した。警戒するようにすこし身を引く。それを見てツナさんがやれやれといった風体で肩を竦めた。
「リボーンがわらってるとこ、今始めて見たよ。ランボ、何したの?」
「え、…いえ、普通に話してただけです」
「へえ、じゃあリボーンはランボにはわらうんだ」
くすくす、とツナさんが綺麗に笑った。後ろの獄寺さんにすこし耳打ちする。
「……リボーン、何にも思い出せない?」
俺後ろに居るリボーンに声をかける。リボーンがツナさんを警戒するように横目で見た。ああ、"リボーン"だ。その顔。
「まあ、こんな感じ。俺はリボーンに警戒されてるみたい。まあ他の人もね。…でも、ランボには普通なんだ?」
「…俺、今こんなリボーン始めて見ました。今さっきまで、普通にわらってました」
「へえ、」
小声で、喋った後、くすりとまた微笑んだ。
「……何喋ってんだ、ランボ」
「あー、別になんでもないよ?」
「こそこそしてんじゃねーぞ。むかつく」
いかにも不機嫌、といった顔で睨んだ。なんだか、…リボーンって感じだけど。やっぱりなんか違う。
「別に、リボーンの悪口いってるわけじゃないよ?」
ツナさんがにっこりとわらった。リボーンがまた警戒するように鋭い目で睨む。
「ランボ、何喋ってんだ」
「別に、だからなんでもないっていってるだろー?」
不機嫌そうに口を尖らせるリボーン。…なんだか、おかしい。俺がクスクス笑うと、またリボーンが不機嫌そうな色を濃くした。
その後ろでツナさんと獄寺さんがなにか小声で相談している。
「……ランボ、ちょっといいかな」
「…なんですか?」
「んー、ちょっと話したいことがあるんだ。一緒に来てもらえるかな」
「はい。分かりました」
振り返って、不機嫌そうにそっぽを向くリボーンに手を降った。
「………じゃあね、リボーン。また来るよ」
なんだか、ずっと慣れないとおもってたけど。リボーンが俺を相手にするなんて。でも、なんだか結構楽しいかもしれない。(変なの、俺)ツナさんの後ろを付いていく。一瞬だけ振り返ると、リボーンが何故かやけに寂しそうな顔に見えた。(気のせいだよね)
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