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少しくらり、とする。ソファから足を下ろして、少しだけ覚醒するように頭を振る。裸足で触れたリノリウムの床がひんやりと冷たく、心地が良い。ぐしゃりと皺がよった白いシャツが目に入った。まだ頭がぼう、とする。ぶち抜けの大きな部屋の向こう側にかかってある簡素な時計を見ると、時刻はまだ、先ほど寝てから2時間弱しか経っていなかった。相変わらず、こめかみ辺りが少しだけじくりと痛みを訴えている。眠気は無い。もう一度寝ようにも、もう不可能だと思い、立ち上がった。床に置かれた数台のコンピューターと、無数に張り巡らされた配線を踏まないように、裸足のまま歩く。不要になった旧式コンピューターの山(ここに来るたびに思うのだが、さっさと廃棄した方がいいような気がする)から、ふらり、と長身の人影が現れた。
いつもの腹立たしい牛柄のシャツではなく、同じように皺のよった黒いシャツとだらりとした黒いズボン、普段に輪をかけてぼさぼさの髪の毛を右手でかき回している。その様子が何故か昔の小説に出てくるマッドサイエンティストの様に見えて少しおかしくなった。


「リボーン、おはよ。大丈夫?」
「大丈夫もなにもねえだろ」
「…そう?随分疲れてるみたいだったから」


鼻で少し笑い、左手で、回転椅子を引っ張り、作業の続きにうつる。コードがぶら下がった室内は、少し寒いくらいに冷房が効いている。未だ、パスワード解析が終わっていないことを確認し、溜息を吐いた。カタカタとキーボードを叩く音、機械の唸る音がまたひどく頭痛を誘う。


「…どうぞ」


ことり、と音がしてコンピューターの横に乱雑に積んだままの書類の上にコーヒーが置かれる。湯気がくゆり、とたっているブラックコーヒーをずず、と啜る。(まったく腹立たしいことだがランボのコーヒーは誰が淹れたものよりも旨い)


「そっちはどう?」
「………何もでてこねえな。そっちは」
「そっか、………ひとつ、あったよ」
「何が」
「ボンゴレのデータベースにハッキングの跡があった」
「…………誰か分かるのか」
「今解析してる。でも多分無意味だよ…俺が前に作ったシステムって、自分で言うのもなんだけど良くできてるんだ。如何なる手段を使っても外部からはアクセス出来ないようになってる。もしアクセスしたとしても、一瞬で分かって、シャットダウンするから」
「………内部から?」
「…うん。おそらく、データベースをハッキング…というか、正規の手続きを踏まないで進入した人がいる。…ボンゴレの人間で。ここのパソコンからね」
「本部の人間か」
「多分…俺もよくわかんない。だって、本部の人間ならIDとパスさえあれば閲覧できるもの。ここまで進入できる部外者なんて、過去も今もゼロだ」


やれやれ、と溜息混じりにランボが吐き出し、自分の分のコーヒーを啜った。やけに砂糖と牛乳が入ったそれは、すでコーヒーとはいえない色合いになっている。ちらり、とディスプレイを見ると、真暗な画面にひたすら白い数字が書かれては消えていく。映画のエンドロールにも見える、白い文字が頭痛で閉じた瞼の裏でもちかり、ちかりと踊った。目を開けると、ランボのアイスグリーンをした両眼がこちらをじっと見ている。


「何だ」
「もうちょっと寝たほうがいいんじゃない?」
「………いい」
「リボーンがそこまで疲れてるの顔に出すなんて、俺初めて見たよ」
「うるせえな」
「せっかく心配してるのに」
「大きなお世話だ」


ふう、とランボがまた溜息を吐く。そんなに疲れが顔にでているのか、と少し思い、黒いディスプレイに自分の顔を映してみても、生気のないのっぺりとした白い肌に能面のような無表情が張り付いているだけだった。(疲れている、のは確かなのだが)


「何処に出かけてたの?」
「……何処だっていいだろ。休憩に行ってただけだ」
「ふーん」
「何でだ?」
「別に、なんか余計疲れてるみたいだから。あんたも疲れるんだなーと思って」
「意味分かんねー」
「だって、夏だって汗かいてるとこ見たことないし、いっつも無表情だろ?」
「殺し屋が汗かいてどーすんだ」
「……ま、そうだけど」


唇の端を、ちょっと吊り上げて笑う。ランボの顔にも明らかな疲労があった。うっすらと隈が出来ている上に瞼はまだ腫れぼったい。伏せ目にして、ずずず、とコーヒーを啜る、骨ばった手にすら、哀悼と悲嘆が浮かび上がっている。昔から、何故かランボが獄寺を慕っているのを、すこし不思議に思っていた。こんな形で終わるなんて思ってもみなかったのだが。自然なカールになっている色素の薄い睫毛も、重力に逆らわず、下を向いているような気がした。
ちいさく口をあけて、また閉じる。…視線に気が付いたのか顔を上げて、また口を開いた。


「死後の世界を信じる?」
「信じねえぞ」
「すごい即答……リボーンは無宗教だもんね」
「お前は信じてんのか」
「まさか、俺も無宗教だもん」
「パパはクリスチャンだろ」
「……うん。ボスはね。…ボスが言うんだ。ハヤトは天に召されたんだって。俺、それ信じられないから。なんだかなーって。子供だましみたいで、スッキリしなかった」
「綺麗事だ」
「…リボーンは嘘吐かないから、俺好きだよ」
「そういう告白なら別のヤツにするんだな」
「……うん、そうする」


くす、と声を上げて笑った。…死後の世界なんて、信じるだけ無駄だと思う。もしあるとして、もし俺が行かなければならないのなら、行く先は明らかに地獄だと、無意味な事を考える。「おかわり、淹れてこようか?」とランボがそう聞き、無言でマグカップを預けた。ふらり、とどこか頼りない足取りで、ランボがまた機械の山へ消えていく。すり足で歩く、独特の足音が遠くに消える。剥き出しになって天井からぶら下がったコードを邪魔そうに手で払いのけているのが見えた。
ディスプレイに表示されている時計は、3時23分を差している。いったい、午前か午後なのか、地下にあるこの部屋には、一切の地上の情報は入って来ない。体の内部から狂って行くようで、この空間は正直嫌いだった。ボンゴレに来るやいなや、この地下室に閉じこもりシステムを稼動なり、作成なりするランボが、少しすげえな、と思う。誰でもひとつは特技を持ってるものなのか。
ボンゴレシステムに侵入したもの。
ちらり、と山本の顔が浮かんだ。あいつの事は考えたくない、と首を振る。書類の山に埋もれたレオンが眠そうに欠伸をするのが見えた。半無意識で膝の上にのせ、撫でた。ざらり、とした手触りは、ひどく心が落ち着く。それでも、深層にこびりついた焦燥感だけは拭えない。ぐわんぐわんと音を立てて情報がまわっているのを感じた。ツナの表情、声、山本の背中、自嘲気味に笑った声、安置室のひやりとした拒絶的な空気、獄寺の死体、白い肌、刺青、ツナの声。「愛してた」
ああ、嫌だ。嫌だ。
ぐしゃり、と髪の毛をかき混ぜ、重く溜息を吐く。回転椅子を、滑らせ、別のコンピューターの前に移動する。ここでも相変わらずなにやら複雑な記号が作業をしており、機械の唸る低い耳障りな音がした。スリッパが擦れる音、だんだんと近づき、振り返ると、ランボは相変わらずふらふらした足取りで、湯気の立つマグカップをふたつ手に持っている。少し口元で笑って、黒いマグを差し出した。受け取った右手に熱が伝わった。まだ大丈夫。そう自分に言い聞かせる。(「崩れるな、振り返るな、思い出すな、疑念を抱くな」)


「ハヤトのお葬式、…どうなるの?」
「……この件が片付くまで公表も無しになってる。まだ先だろ」
「そっか。……データベースの事、ツナさんに連絡した方がいいよね」
「ああ。ツナに呼ばれてる。その時に俺が伝えておくぞ」
「分かった、じゃあ俺戻るね」
「…サンキュ」
「……………リボーン、やっぱもうちょっと寝たほうがいいと思うんだけど」
「何でだ」
「……別に」


アイスグリーンの瞳をおおきく見開いたまま、ランボがアメリカ人よろしく肩を上に上げて小首をかしげた。またずる、ずるりと足を引きずりながら、機械の山の向こうへ消える。あと、4時間。ツナのもとへ行くまで。それまでに、ランボ曰く疲れているという顔をどうにかしなければ。山本と会ったことなど忘れる。
ツナに与えられた情報だけ、信じれば、それでいい。…もうどうなろうがいい、と頭の奥で誰かが呟く。考えまいとしていた事が、ずるり、と冷たい手の擬態をして足首を引っ張る。無理やりそれを引き離して、目の前のディスプレイに集中した。邪念を全て取り払う。「ああ、まったく自分らしくねえぞ」とぼそりと呟いた。(自分らしいってどんなだ?と陳腐な問答は無しにしておく)















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