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ひんやりとした手触りの、無愛想な金属でできたエレベーターで上に上がる。最新技術とやらを詰め込んだその鉄の箱は、見た目にはあまり変わった点は見受けられない。髪こそきちんとしたものの、だらり、とシャツを羽織ったままネクタイすらしていない。かつり、と履き心地が良くて気に入っている黒い革靴の音をさせる。監視カメラが、くるり、と回って俺の方を凝視した。チン、と何故か古いような音がして、エレベーターが目的の階で止まる。
一歩、踏み出し鉄箱から出る。交代制で監視をしている、当番の二人が(名前が出てこない)IDカードの提示を求めた。胸ポケットから無造作に取り出し、慣れた動作で小さな機械に自分の掌を翳す。ピッとお決まりな音がして、グリーンのランプが点滅した。IDカードはこちらも良く出来た機械に、さっと通され、グリーンのランプが点滅する。グリーン。機械的な毒々しい黄緑色は、眼に悪い。真赤な色をしたランプの方が好きだ。グリーンは安全。システムオール、グリーン。ああ、嫌だ。上の空で、いつものように立っている俺の正面4センチほど離して、棒状の機械を頭の先から爪先までゆっくりと振り下ろす。ピーッと甲高い機械音がして、当番のうちの一人が俺のIDカードを差し出した。半無意識の状態でそれを受け取り、胸ポケットにするりとしまう。「どうぞ」と重苦しい声で言い、目の前にあった金属の薄い壁が左右に音も無く開く。
その扉を抜けると、もう一つ部屋があり(偶に俺はこのシステムを馬鹿らしいと思う)、ツナの第一秘書のカルラが、ちらりと机から視線を上げた。端整すぎない、それでいて整った顔をした彼女を美人だと思いこそすれ、それがどうしたというわけでもない。美しい日本語でカルラが「リボーンさん。ボスが奥の部屋でお待ちしております」と企業で働く受付嬢のように、義務に徹しきった声で言う。何時だか山本がカルラの事を、「氷の女王様」とおどけて呼んでいたのを頭の隅で思い出した。歪みそうになる顔を抑えて、無表情を作る。赤い、宙を歩いているような不思議な感覚になるカーペットを踏みつけ、重厚な作りの扉を開ける。こちらは手動で、初代の代からここにある。古いものと新しいものがごった煮にされているような空間は、長年の歴史で積み立てられてきたものだ。 ギギギ、と音を立てて重い扉が開く。
10メートル弱。奥行きのありすぎる部屋の一番向こうに、これまた重厚な作りの仰々しい机と、反対向きになった赤い椅子が見えた。(「運動会でもできそーな部屋だな」ああ、これも山本)入ってきたことに気付いたのか、椅子がくるり、と回ってツナが正面を向いた。
…随分と、随分と久しぶりに顔を見た気がする。実際最後に会ってからまだ2日も立っていないハズなのに。ひどく懐かしい感覚に苛まれる。感情が掻き乱される。それを表面にださないように、軽く肩を竦めて(ここの絨毯も宙を歩いているようだ)遠くにある机に向かって歩く。かつり、かつりと革靴の音がしないというのは、いつもひどく違和感を覚える。


「はかどってる?」
「……まーな」
「…疲れてるみたいだね。大丈夫?」
「大丈夫にきまってんだろ。ダメツナに心配されるほど落ちぶれちゃいねえつもりだがな」
「そうだね」


ふふっと少女の様な声でツナが笑う。はらり、と蜂蜜色をした長い髪の毛が頬に掛かった。眼の下には、ランボと同じような隈がうっすらを浮いている。…美しい色をしていた唇が、乾燥してひび割れているのが分かった。少し眉を顰める。(大丈夫か?と心配されるのはこっちの方じゃねえのか?)


「お前こそ、ちゃんと寝てんのか」
「寝てるよ。大丈夫」
「………ならいいが」
「うん、俺なら大丈夫。だって俺はみんなみたいに、動いてないから。ただここで座ってみんなを危険なところへ送って、報告を受け取るだけ。疲れないよ」


早口でそう言い捨てて、自嘲気味に笑う。少し差した光を反射して、冗談みたいに綺麗にツナの髪の毛がきらりと輝いた。なんて正反対。ひどい違和感を覚えて、眩しさに少し眼を細めた。


「……ボンゴレの内部にスパイ、若しくは裏切り者がいる可能性が高い。残念な事だが、ジーノ、レッラに見つかる限り、怪しいところは無いな。ランボが作ったシステムに、ボンゴレのメインデーターベースに内部の人間が不正アクセスした痕跡が残ってる。覗かれた可能性の高いデータは、ボンゴレの本部構成員の家族構成その他諸々の情報。昨年度の予算、経費、出費の総まとめだ」
「外部からじゃないんだね?」
「ああ、ランボのシステムに外部からのアクセスは不可能だと、本人が言い切った。俺も間違いなく、あのシステムを外からハッキングするのは不可能だと思う」
「………スパイの件については、今骸に調べてもらってる」
「それらしい人物は?」
「今のところ、数十人の候補が上がってるけど、絞り込むには時間がかかりそうなんだ。絞込みが終わったら、お前に監視してもらおうと思ってる」
「分かった」
「他には?」
「…言ったように、ジーノやレッラの内部にアクセスはしてみたが、厳重すぎて手がつけられない。アクセスできた分の情報についても、あまり意味の無いものが多いが。…俺は、状況的にみてもあいつらじゃねえと思うな。第一、あいつらが掟を無視するとは思えねえ。ジーノに至っては後継者争いが泥沼化してる。そのうちの一人が、手柄を上げようと先走ったと仮定しても、本末転倒なだけだ」
「そうだね…」


ツナが考え込むように沈黙する。乾燥した唇をぺろり、と舐めて色素の薄い眉を寄せるのが分かった。何故か、ツナはイタリアに来てからさらに日本人離れした顔になった。「先祖返りだな」、と。ああ、山本がそう笑っていた。「ボンゴレに狙われている」と、なんでもないような、明日の天気でも話すような口調であいつはそう言った。陰惨に曇った空と割れたクラクション。雑踏に紛れる、くらり、と眩暈がした。ツナが顔をあげて、俺の眼を凝視する。


「…指示は」
「誰かに会った?」
「は?」
「いや、リボーン、昨日のお昼にどこかへ出かけたみたいだから」
「………コーヒーを買いに言っただけだぞ。あそこの空気は息が詰まるからな」
「そう。ならいいんだけど」
「何か、あるのか」
「ううん。…あんまり、外を無用心に出歩かないようにね。歩くとしても、変装して。今、ボンゴレは正体の分からない敵に狙われてる。用心するに越した事はないだろ?まあ、言われなくても分かってると思うけど」
「………分かった」
「うん、それで、指示なんだけど。引き続き、地下で行動して欲しい。ジーノ、レッラについては、もうすこし深く探ってみて。あと、アッリゴーニファミリーを少し調べて欲しい」
「アッリゴーニ?あそこはもう壊滅寸前だろう」
「そうなんだけどね。了平さんの言ってたことが気になって。クラークはもう隠居してるけど、…あそこのボスはね、人脈だけはしっかりしてて。ミニーと手を組んでるかもしれないんだ」
「………それが本当の話なら、ありえるかもしんねえな」
「うん。ヒバリさんが、ミニーがスペインから出てきたって聞いてね。少し行方を追ってもらったら、アッリゴーニのボスと接触してた。消える前が一番怖いってよく分かってるからね。自棄になってしでかすかもしれない」
「分かった…また報告する」


ツナが軽く頷き、少し唇の端を吊り上げて笑った。アーモンド形の眼が細められて、その表情がひどく好きだったはずなのだが、急に見ていたくなくなって、くるりと踵を返す。ふわり、とした絨毯は、相変わらず空中歩行をしているような錯覚に陥る。


「リボーン」


静かな声でツナが俺の背中に声をかけた。振り返ると、赤い背もたれにツナの小柄な身体は覆い隠されていた。もう一度ツナが名前を呼ぶ。


「何だ?」
「気をつけてね」
「…分かってる」
「分かってないよ」



きっぱりと、透明な声でツナが静かに言い切った。ざわり、と胸がざらつく。頭が少し痛い。また偏頭痛が始まった。米神を人差し指で揉む。逆光でまた眼が眩んだ。大き過ぎる椅子は権力の象徴。


「何がわかってねえんだ?」
「いいから、…お願いだから気をつけてね、リボーン」
「ああ」


溜息混じりにそう答える、背もたれはぴくりとも動かない。どんな顔をしているのか、その声から図り知ることはできなかった。ツナ、と名前を呼びそうになるのを必死でこらえる。今名前を呼ぶと、何故か全てが決壊してしまいそうな気がした。山本についても、全て、ぶちまけてしまいたいような、気がした。首を左右に振る。それを口に出すことは、裏切りになる。口に出すことは、許されない。ツナに疑いを抱くことなど俺は許さない。
もう一度くるりと半回転して、早足に扉へ向かう。ああ、扉が遠い。いくら歩いても近づかないような気がした。


「山本から連絡、あった?」


ぴたり、と止まる。良く通る、綺麗なメッゾの声。反射的に振り返ると、相変わらずぴくりとも動かない赤い背もたれ。血で染められたような真紅。同色のカーテンもどろり、と血みたいに溶けていくような錯覚。すう、と息を吸い。吐く。肺の中にすら、濁った空気が停滞する。すう、と背筋が寒くなるような気がした。心臓の音が大きくなる。


「………いや」


それだけ言い、先ほどよりも早足で重厚な扉へ向かう。ツナが俺のその背中に向けて、念を押すように、祈るように、命令するように、「気をつけて」と言った。その声からは、感情を読み取ることが出来ない。















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