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雨が垂直に降っている。からり、としたいつもの空気はすこし湿気を孕んでいた。陰鬱。否、憂鬱、メランコリ。ひんやりと冷気を感じる窓に、掌をくっつける。冷たい。窓の向こうは、夜に包まれ、闇が降りきっている。車のヘッドライトや、向かいの建物からの光で、垂直に線を描いて落ちてくる雨粒が見えた。
窓に映った自分は、ひどい顔をしている。自分の顔に、自分自身で溜息を吐き、窓から掌を離した。少しだけ、体温で手形が付き、2秒後に跡形もなく消え去る。


「……遅くなりました」


音もなく、無言の部屋に声がした。骸が、するりと滑るように歩いて空いていた椅子に座る。円の形になっている机には、みなひどく無表情で、黙り込んだまま目を落としている。骸に軽く目を向け、そして視線を上げて、ツナを見た。俺も、開いてる(ツナの隣)椅子に座った。ギシ、と少しだけ音が鳴る。座り心地の良い背もたれがついた大きな椅子は、2席開いたままだ。
全員が顔を上げた。無表情。了平とランボは、少しだけ悲痛を表情に滲ませている。(牛に限っては少しどころか、目が赤く、腫れぼったい)ツナが首を少し動かして、全員と目を合わせたのが分かった。


「集まってくれてありがとう」
「…山本さんは来ないんですか?」
「先刻連絡があったよ。今、どうしても来れないって」
「どうしてですか?」
「やけにしつけえじゃねえか、骸。何だ?」
「いえ、少し気になっただけですよ。何でもありません、アルコバレーノ?」


そう言って少し笑い、骸はちらりと空席になったままの座席を見た。ヒバリがそれを見て、少し表情を変えるのが分かった。眉根を寄せる。ツナは、無表情のまま。対角線上に座っているヒバリを通り越して、暗く沈んだ窓の外を見る。景色が写りこんでいて、自分と目が合った。雨は止みそうにない。
了平が少しだけ躊躇った様に、普段からはあまり思い浮かばないような小さな声をだした。


「…アイツはどういう風に死んだんだ?」


少しだけ、場の空気がまた重くなった。獄寺の死というものは、すこし常人とはかけ離れた思考回路を持っている守護者達でさえ、こうも影を落とすものなのか。ああ、なんて憂鬱な雨なんだ。かちり、と時計が分を刻む音がした。


「ドナートの証言については、もう骸とヒバリには言ったよね。もう一度言うよ。結論から言うと、ドナートにハヤトを殺すのは無理だ。殺していないし、彼は潔白」
「……ドナート、さんって。獄寺氏の部下ですよね」
「うん、そうだよ。彼が唯一あの日ハヤトと一緒に行動してた。ハヤトは射殺。右側頭部を撃たれて、即死だったって。随分遠くからだから、遠距離用のライフルを使ったことは明白。その時ドナートは、星龍に居るボンゴレ側の男とコンタクトを取ってて、ハヤトはそれを待ってた。深夜2時20分前後だよ。それから、発砲音。ドナートが駆けつけた時には、もう死んでたって」
「獄寺の仕事はなんだったんだ?」
「最近、ゼンで粗悪品のクスリが売られてるの知ってるよね?あれをこっちに持ち込んでたのが、香港の新興マフィアだったんだ。それに、性能の悪いピストルも持ち込んでたらしくて、ハヤトに出向いてもらった。でも、星龍には、クスリは流すものの、ボンゴレに喧嘩を売る理由はない、だろ?ヒバリ」
「そうだね、彼を殺すほどの人材はいない。それに星龍は新興マフィアだからね。フリーを雇うとしても、よっぽどの腕じゃないと。それくらいの腕を持ってる殺し屋は、こっちで大抵の足取りはつかめるから。不可能じゃないけど、可能性は限りなく低いよ…ただ、そこまでする理由はいっさい見当たらない。ボス、幹部の身辺洗ってもそれらしきものは一切出てこなかった。だから話を持ちかけたんだろ?」


ヒバリが淡々と感情を滲ませない声で言う。少し離れたところで、草壁が油断の無い目をしてのそりと立っていた。ツナは静かに少し俯いて黙り込む。ちらりと横目で見て、またその向こうにいる窓に写りこんだ自分と目が合った。すぐにそらす。憂鬱な雨だ、思考の一切を遮断してしまいそうになる。この非常時に、と口の中で毒づき左手の手の甲を見えない位置で思い切り抓った。


「……話って、何を持ちかけたんですか?ツナさん」
「イタリアに、クスリとピストルを持ち込まない代わりに、ボンゴレの傘下に入ってもらった。向こうとしても俺たちの下についてれば何かとプラスな事が多いだろうと思ってね。実際、クスリも捌けなくなってきてたみたいだし。ランボと了平さんには伝わってなかったと思う。…傘下に入ってもらうって事で事実ヒバリに頼んで調査をしてもらった。話は付いたよ。…だから、ハヤトを殺ったところで、マイナスしかない。それどころか、ボンゴレを相手にするんだから、…よほどの恨みが無い限りありえないことだ。それに、香港マフィアはシチリアマフィアほど誇りに敏感じゃないからね」
「………話を聞いてると、星龍が殺ったとは考えられんな」
「…俺もそう思います」
「右に同じだね」


ちらり、とツナが俺の方を見る。すこしだけ、心臓が撥ねた。ツナの目は出会った頃よりも明らかに、見てわかるほど、感情を読み取りにくくなった。今ちらりと合った眼、は、…一切何も浮かんでなかった?否、感情が溢れていた?…死んだ魚みてえだ。少しだけ思う。
ああ、違う。何を、…この非常時に。自分自身に、聞こえないように至極小さな音でもう一度舌打ち。


「…ああ、俺も考えられねえ事だと思うな。別のファミリーの仕業か、…それとも、よほどの怨恨か。どちらにしろ、さっさとあぶりださねえと命取りになるぞ」
「リボーンの言うとおりだ。口止めするにも限界があるしね。早急に片付けないと、ボンゴレの今後に関わる」
「右腕の代わりはどうするんですか?」


少し沈黙、かちり、かちり、と耳障りな秒針。(雨の日は時計の音が良く響く)ツナが円卓の面々を見回し、軽く息を吐いた。


「骸にするよ」
「……僕ですか?」
「当面の間ね。頼める?」
「異論がないなら構いませんよ。くふふ、あなたの右腕は光栄ですけど、かつては敵だった男ですよ?」
「構わないよ、信頼できる。…異論は聞こう」


そう言ってまた面々を見回す。……意外な人選だ、と少し思う。ヒバリか、…俺か。そのどちらかと思っていたのだが。少しだけ、…焦燥感ににたよくわからない感情が芽を出す。それを無理やり押し込めて、軽く頷いた。ツナの人選は間違わないと、俺はよく知っている。


「何故か聞かせてもらってもいいかい?こいつがそれ相応の働きをすると思えない」
「……失礼な人ですね。僕の何が不服なんですか?僕はそれなりにボンゴレに尽くしてるつもりですけどね」
「骸を右腕にした理由を、きちんと話すことは出来ない。強いて言うなら、直感だよ。曖昧な理由だけど、俺はこの決断に自信を持ってる」
「………まあ、ボスがそういうなら、納得しておくよ」
「ありがとう、ヒバリ」
「赤ん坊はどうだい?」


様々な色の眼が一斉にこちらを向く。それを通り抜けて、鏡に写った自分がまた視界に入った。雨がひどくなっている。窓ガラスに叩きつけられた雨粒で、自分の顔が歪み、嘲笑された気がした。ヒバリは未だに俺を赤ん坊と、すこしおどけたように呼ぶ。それを、腹立たしいと思わないのは何故か。


「…ツナがそう言うなら、骸でいいんだろ。異論を唱える気はねえ」
「ありがとう。じゃあ、今から、当面の間。といっても何時までかはわからない。何かのっぴきならない事情があれば、また変わるかもしれないけど、それまで俺の右腕は骸で、決定」


ぱち、ぱちり、と気のないまばらな拍手が、一瞬で止む。ああ、雨は嫌だ。体が重く沈むような感覚に囚われる。雨は嫌だ。骸が少しだけ笑う。


「……あまり時間を取ってもいられないからね。星龍は、候補から外す。上げられるのは、ジーノファミリー、レッラファミリー。他に心当たりは?」
「アッリゴーニはどうだ?…先の抗争で、随分な死傷者を出しただろう。報復かもしれん」
「ええ、それも考えられますが。あそこはもう壊滅寸前で、あと一ヶ月も生き延びてはいないだろうと思います。報復するにせよ、よほど強大な後ろ盾が無い限り…」
「…後ろ盾といえば、…クラークですか?」
「………ダビッツのか?…ああ、抗争の前は仲良くしてたみてえだが、もう流石に縁はねえだろう。当のクラークも、ちょっと前までアメリカで派手にやってたらしいが、今じゃメキシコで優雅にご隠居生活だ。……ヒバリ、レッラの男はどうなった?」
「…レッラも今ひどい状態らしくてね。まだ公に知れ渡ってないけど、ベガスに持ってたホテルが倒産寸前らしくてね。あそこの経営方法は横暴だと思ってたけどね。ここまで持ってたほうがすごい。…あまり詳しい話は聞き出せなかったけど、レッラには無理だろうね。そのうちホテルが倒産すれば、資金に打撃が来るし…、僕の見解としては、あの状態でボンゴレに喧嘩を売るのは…ちょっとありえない」


ツナは静かに、前を向いたまま話を聞いている。…少し、溜息を吐くのが聞こえた。ああ、疲れているのか、ちらりと横顔を伺う。すこし扱けた頬には、疲れが滲んでいるようにも、見えた。感情は一切浮かんでいない。ざわり、また胸がざらつく。


「レッラにこちらのスパイが?」
「ああ、ヒバリが買収した男だ。……この分だと、レッラも候補から外れるな」
「………じゃあ、リボーン。ジーノが有力?」
「それも怪しいな。………ジーノとボンゴレは長く敵対関係にあるが、今更、しかもこのタイミングで喧嘩を売ってくるか?」
「ジーノは今、後継者争いの真っ最中だからね。……そんな時期に、わざわざボンゴレに喧嘩を売る理由がわからない」
「…………八方塞りか…」


了平が重苦しく呟いた。みなも黙る。そして、静かに話を聞いていた、ツナの方を見た。……何かに縋るように、…見えた。2席空いた椅子の、そのうち1席を(ツナの右側)見て、…それから、ツナの長く伸びた髪を見る。ゆるくウェーブが掛かった髪の毛までが、感情を消しているように見えた。


「………指示を出す。もう少し、ジーノを探って。疑わしい事があれば、自分で行動する前に俺に連絡して欲しい。くれぐれも危険だと思われることは、一人でやってしまわないように。逐一報告を。俺からも連絡するから、各自なるべくこちらから連絡がつきやすいようにしておいて。……ランボはこれからボンゴレの方を優先して欲しい。ボンゴレ地下の機械、扱えるよね」
「…はい、うちのボスからもそうするようにと言われました。地下の機械は凡そ扱えます。…ハッキングですか」
「うん。ジーノの情報を出来る限りハッキングして欲しい」
「わかりました」
「了平さんは、ヴァリアーに報告を。ザンザスの指示に従ってヴァリアーと一緒に動いて欲しい」
「ああ、分かった。……ヴァリアーには全て報告するのか」
「そうして。疑わしいことから、…自分の見解でも構わない。ヴァリアーならまた俺たちと違った観点から行動してくれると思う。…くれぐれも、人殺しはさせないように。あまりに危険すぎる行動も。逐一の報告をして下さい」
「了解した。俺なら大丈夫だ」
「……骸は、当面俺と一緒に行動する。指示はその時々で与えるから。髑髏には、関わらないようにきつく言っておいて。あと、千種と犬にもなるべく危険な行動は避けるようにと」
「そんな甘いことを言っていて大丈夫なんですか?」
「…………これ以上人死にを出したくないんだ」


ぽつり、と呟く。その声に、やっと、ほんの一滴だけ、感情が滲んだ気がした。体全部を握りつぶされるような気がして、また、見えないところで左手の甲を抓った。


「……ええ、そうですね。分かりました」
「…ごめんね?……リボーンは、…ランボのサポートに当たって欲しい」
「………ハッキングなら、こいつ一人で充分だろ。何故俺を」
「二人でやった方が早いだろ。ジーノを崩すだけじゃなくて、他の疑わしいファミリーについても片っ端から調べてもらいたいからね。それと、情報操作についても、やってもらいたいことがある」
「……分かった」


静かにそう言う。雨は更にひどくなるばかりだ。ああ、眠ってしまいたくないと思った。頭の裏側が眠気を訴えている。このままでは、拙いと。この状況下で、この状態はやばいと、自分でもよく分かっている。瞬時に行動を起こすことも、頭の回転が早いとも、言いがたい。


「ヒバリは、ちょっとこの後残って欲しい。ほかの皆は、各自解散。各々、充分な休息を取ること。全ての行動は明日の早朝から始めて。解散。…幸運を祈ってるよ」


静かにそう言う。ツナが立ち上がり、皆まばらに立ち上がり始めた。ヒバリとツナが、別の扉から小さな別室に入るのが見えた。雨はひどくなるばかりだ。ばらばらとそろわない足音がひどく憂鬱を誘う。了平が俺の頭に、骨ばった手を置き、少し笑って(歪んだように見えた)部屋から出て行く。
もう一度、ひやりとしたガラスに手を付けた。景色すら見えないくらいに、雨水が叩き付けられている。そこに写りこんだ自分が、どろりと溶けていく様に見えた。

















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