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ひやり、と寒気を覚えるほどの空間に、足を踏み入れる。部屋全体は目が痛くなるほど白く、俺の前を少しを歩くツナのスーツと溶け込んで、一瞬、消えてなくなってしまうかと思った。蜂蜜色の長く伸ばした髪と、袖元からちらりと覗く赤いスーツだけが、唯一浮いて見える。…肌すら、ひどく白い。昔と比べれば、やけに骨ばったツナの歩くリズムと合わせて揺れる右手に、視線を落とした。
右にも左にも、真白な2段の棚がある。そこには、等間隔に並べられた長方形の重々しい、真白な箱が並べられている。随分数が増えた。
ツナはひとことも喋らない。棚に左右を囲まれた、少し細い通路を、ただ歩く。足音すら、ほとんど聞こえない。目が痛くなるほど、白に反射した眩しい蛍光灯の光。あまりにも、毒々しすぎる、と思う。病院と、同じだ。病院にも、これを同じような空気が、足元に停滞し絡みつく。……それを、死と呼ぶのか。
ああ、らしくねえな。溜息を吐く。なんて感傷的になっているのだろうか。ツナは、表情を変えない。もう張り付いてしまった唇の形を戻すことなく、俺に背中を向けて歩いている。その表情を、目の中を、心のうちを覗き込むのは、ひどく憚られた。


「ボス、こちらです」


少し訛った日本語が、棚の向こうから聞こえた。ツナの背中が影になって、よく見えない。声で、この部屋担当のヴィーコだと認識する。落ちぶれた、医者だったか。確か、ツナは2年ほど前に拾った奴だ。(よく働いてくれていると、思う。ツナが拾った奴にハズレなどない)
急に、左右の棚が(恐らく、20メートルはあった)なくなり、視界が開けた。リノリウムの床は、相変わらず真白で、分からない程度に少しだけ外側に向かって坂になっている。その下には、等間隔に並んだ排水溝。……きちんと流れなかったらしい、赤い液体が排水溝の周りに、少し薄くなって留まっている。わけも分からずに、溜息が出た。なんて、感傷的になっているのだろうか、……ツナはひとことも喋らずに、死体安置室と何の捻りもない名前のついた(構成員の間では、多少粗野かつ俗語で呼ばれてはいる)この部屋担当のヴィーコに会釈をした。ヴィーコがつけているエプロンの前には、少量の血液が飛んでいる。少し目が合って、俺も会釈をした。…そこで、立ち止まる。
ツナが、目の前にあるぺたりとした感触の大きな机の前まで、歩み寄った。


「ハヤト」


ぽつり、とそれだけ呟いた。ツナの背中に隠されて、獄寺の体は、むき出しになった足しか、見えない。……、ツナは、機械的な声で呟いた。ヴィーコが少しだけ俯き、何かを呟いてから俺の隣を抜け、通路を歩いて行く、音がする。
完璧に無音になった。ツナの右手が動き、ゴクデラの体を触る。俺は、その今にも背景に溶け込みそうな白いスーツの背中に視線を投げたまま、そこから動かない。眩暈がする。今すぐにでも、ここから、踵を返して出て行きたいような、居た堪れない気持ちになった。
…ツナは、獄寺を愛していたのだと思う。ボス、とツナを呼ぶ獄寺が、沢田さん、と呼ぶとこを俺は知っていたし、このふたりの関係だって、俺はもちろん知っていた。それについては、何度も言及し、討論した筈だった。「お前は獄寺に依存しすぎてる」。それでも、あいつらの関係が途絶える訳も無かったし、俺も仕様が無いことと、干渉はもうしなかった。
それが間違っていたのか?


「………ねえ、リボーン」


急に、声をかけられる。振り向くことなく、背中を向けたまま。少しだけ、びくりとした事を恥じた。呆けている。自分の精神が、この安置室の無数に並べられた死体に、負けている気がした。


「何だ」
「…………知ってた?」
「………何を」
「ハヤト、刺青いれてたんだね」


俺に話しかけると言うよりは、確かめるような口調で言う。少し振り返って、ツナが手招きをした。それにつられるように、2歩歩き、真白な蛍光灯に照らされた、獄寺の体を見下ろす。ツナの右手は、獄寺の右腰を触っていた。それに目を、落とす。獄寺の死体は、思っていたよりもひどくはなかった。それどころか、奇跡的に、綺麗なままだった。おそらく、即頭部を撃たれたのだろう、その部分は、光を反射するアッシュグレイの髪の毛で覆われていて、見えないようになっている。この机に横たわっていなければ、ただ、寝ているだけにも見えるような。そんな、死体だった。(確かに死んでいるのだ)
ツナが、右腰から手を離す。そこには、いかにもあいつ好みのデザインの、刺青があった。
英語で、ツナの名前が掘ってある。今思い出すあいつの服装は、黒いスーツ姿だが、昔や、偶の私服に好んでいる髑髏と、似たようなデザインが施されている。ああ、あいつらしいな。と少しだけ、口を歪めて笑う。笑わなければ、泣きそうだった。ツナの表情を、ちらりと見てしまった、のだから。


「……俺ね、リボーン」
「ああ」
「ハヤトの事愛してたよ」
「知ってる」
「うん、そうだね」
「………ツナ」
「何?」
「なんでもねえ」
「………………うん」


あはは、と小さく乾いた笑い声がする。すぐに声が小さくなった。ツナの右手が、俺のスーツの裾を掴む。俺は振り払わない。…ツナの顔を見るのが怖かった。何故か。でも、目の前に横たわっている、獄寺の死体に、目を落とす事も、…ひどく、嫌だった。俯いて、黙祷するつもりで目を閉じる。なんとなく、逃げているような、気分になった。
何か喋ってくれれば、いっそ、泣き崩れてしまえば、どれほどいいだろうか。機械の様な声で、ツナが「うん、」と何度も呟く。


「ハヤト、……今まで俺の傍に居てくれてありがとうね。ごめんね。全然、駄目なボスだったけど、ついてきてくれてありがとう。愛してたよハヤト」


目をつぶった、俺の目の前に広がる暗闇の中で、ツナの声がする。少し、その声が震えた気がした。俺のスーツの裾を握ったままの、ツナの細い右手に力が入るのが分かる。……また、きりり、と心臓が痛んだ。思わず、左胸を掻き毟りたくなる。
愛してたよハヤト、というその言葉が、鋭い刃物に見えた。その刃物は俺の頭を抉る。


「…行こう、リボーン。もうすぐドナートもこっちに到着するんだろ?そろそろ、ちゃんと仕事しないと、いい加減怒られるね」
「もういいのか」
「らしくないよ、リボーン。なんか優しいとさ。…俺は大丈夫だから。充分休んだしね」
「………………そうか」
「うん、そうだよ」


すっと、スーツの裾から力が消える。ツナが、歩き出したのが気配で分かった。俺はまだ目を閉じたまま、そこに佇む。目を開ければ、何があるかはよく分かっている。また、くらりと眩暈がした。少しだけ、右足に力を入れる。
かつり、とツナの革靴の音がした。


「リボーン、お前昨日の夜寝てないだろ?ちょっとでも仮眠をとったほうがいいよ」


目を開ける。獄寺の、右腰に入った刺青が、身を翻す瞬間目に入った。そのデザインが、目の裏に張り付く。恐らく、一生そのデザインが脳から離れることは無いだろうと、何故か確信した。ツナが、長方形の箱の中に、死体が入った、そして等間隔に並べられた通路の入り口で、立っている。
その顔が、あまりにも普通すぎた、…俺はまた、泣きそうになって(ひどく涙腺が緩んでいる。きっと寝ていないせいだ)少し首を左右に振った。少し仮眠をとったら、また仕事に戻ろう。ツナは、俺が歩き出したのを見て、振り返らずに狭い通路を歩く。















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