「聞きたくない」


あっさりとした、機会のような声が拒絶を口にする。かつり、と一歩踏み出し、部屋の中に入った。ツナは、椅子の背もたれをこちらに向けて、大きな窓の外側を見ている。ふっと溜息を吐くと、もうひとつつられた様に溜息が聞こえた。ちらりと右前方にある黒いソファを見ると、くつろいだ様に座っているヒバリが目に入った。ヒバリも、背もたれしか見えないツナの方を向いている。 くふふ、と俺の左手に配置されている安楽椅子から、独特の笑い声が聞こえた。そちらを見ると、今度は骸が頬杖をついたまま、少し笑っている。目が合うと、オッドアイの両目を細めて会釈した。


「ツナ」
「…………」
「聞きたくねえってことは、もう分かってんだな?」
「…………」


はあ、と深い溜息を吐く。ツナが見ているであろう窓の外は、こちらが陰惨な気分になるくらいの厚い雲が空を覆い隠している。ふと、ツナの机の上にプレゼント用に使う様な箱が置いてあるのが分かった。


「それは、」
「そこに座ってる馬鹿が持ってきたんだよ、赤ん坊」
「……それ何だ」
「馬鹿とは失礼ですねえ。大体僕が持ってこなくとも、誰かが持ってきたでしょう?僕が見つけたことに感謝して欲しいくらいですよ」


かつり、と音をさせて机の上に置かれている、箱に向かって歩く。中身の検討は、付いた。そうでなければ、何があるっていうんだ?ああ、なんて陰惨、な雲なんだろう。胸騒ぎがする、いや、今更この胸騒ぎに何の意味があるってんだ?
ショッキングピンク色をした長方形の箱は、真黄色のリボンが無造作に、机の端に放りだされている。


「……ッ」
「ひどいことする奴もいたもんだと思わない?」
「あなた、人のこと言えないでしょう」
「お前は黙れ、噛み殺すよ」
「………どういうことだ?」


今にも殺しあいそうな殺気を(そんな事してる場合か?)出す二人に話しかける。横に置いたカードには、達筆な日本語で「親愛なるドン・ボンゴレ 前菜をお楽しみ下さい。」と書いてある。ああ、イライラする、なんだって、なんだってこんな事になってんだ?
もう一度箱の中身を覗く、ショッキングピンクの箱の中身は、真っ赤に染まっていて、ぎょろりとした目は焦点が合わずに、虚空を見ている。ツナが飼っていた、ゴールデンレトリーバ。その生首が、綺麗に箱に収められていた。こんなものをプレゼントとして送ってくる、センスに乾杯だな。箱の色彩も、中身についても。…美しい日本語で書かれたカードをひっくり返し、後ろを向く。少し遠くにある安楽椅子では、骸がぎしぎしと揺らしながら、視線をこちらに向けている。ヒバリは、ソファに座り前かがみになって、何事か考えているようだ。
ふらり、とする。少しだけ、眩暈。ああ、自分は疲れているのか、と。はあ、ともう一度深い溜息を吐いた。


「メインディッシュはどうでした?」
「最高だ」


骸は器用に肩を竦めて、少し笑ってからまた安楽椅子を一定のリズムで揺らす。ヒバリが、こちらをじい、と見ているのに気が付いた。一体何があったの?、何を報告に来たの?と、その目が語っている。
口に出すと、本当の本当になりそうだ、と思った。未だに、頭は信じられない。それは、死体を見ていないからなのか、それとも、まさか死んでしまうとは思ってなかったからなのか?ああ、頭がぐらりとする。普段ならば、もっと器用に動け回れるはずの頭は、フリーズしている。そこで、やっと気付く、ああ自分は今ひどくショックを受けている。


「獄寺が殺られた」


すっと静かに口に出す。もたれかかった机の向こうのツナは、動く気配すらない。きっと、超直感で気付いていたのだろうか?そんな事だけ、気付いてしまうなんて、なんていやな能力なのだろうか。少しだけ、ツナに同情をした。
わお、とヒバリは、少し目を見開いてから、溜息を吐く。ムクロは、相変わらず一定のリズムで安楽椅子を揺らす。オッドアイが少しだけ細くなる。
………何度目かの溜息を吐く。いったい、どこのファミリーなのだろうか?いつもならば、そんな風に頭が回転するはずなのに、少しも動かない。分かるのは、ひどくやばい状況なことと、早く行動を起こさなければならない、というどうともならない、感情だけ。


「…誰にやられたのか検討ついてる?」
「ボンゴレは、最近の行動に敵対心持ってるファミリーなんざそれこそいくらでも、」
「らしくないですね、リボーン。あなたなら、もう少し具体的な事も言えるでしょう?随分動揺していますね」
「……うるせえぞ」


溜息を吐く。そんなこと、自分でも分かっている。それこそ、今すぐ頭をかかえこみてえぐらいに、分かっている。ツナは、動く気配すら、ない。ぴくりとも動かない、背もたれの後ろでいったいどんな顔をしているんだろうか。
獄寺の死は、まだボンゴレの上層部しか(それも幹部しか)知らない。この死は、きっとひどくこたえるだろう。ボンゴレにも、ツナにも。…背もたれの後ろで、ツナはどんな顔をしているのだろうか?その顔は、一生みたくねえな、と何故か思った。きりり、きりりとひどく心臓が痛む。獄寺が、死んだ。


「何処で殺されたんですか?」
「………獄寺は最近ゼンに出回ってる、香港産のヤクの取引に行ってた。ネズミ駆除にな。その取引終わった後に、ヤられた。同行してたのは獄寺の部下のドナートだ。今本部に向かってる」
「香港産…あの、粗悪品の」
「そうだ。新興の黒系マフィアが流してた奴だ」
「じゃあ、そいつら叩けば何かでてくるんじゃない?」
「その可能性は薄いでしょうね。流してたのは星龍でしょう?」
「ああ、そうだ。あいつらは、命知らずにこっちにヤク流しやがったが、ボンゴレに喧嘩売るような度胸も理由もねえな。恐らく、シチリア内のマフィアだ」
「新興ってことも考えられる?」
「ジーノファミリー、レッラファミリーあたりですか?それにしては、あまりにも…」
「獄寺をヤれる程の人材を持ってるとは考えにくい」


すこし黙り込む。ぴくりとも動かないツナは、何を考えているのだろうか。今、本部に輸送されているゴクデラの死体は、…どんな有様か、ひどくなけりゃあいい。(ひどくねえわけが、ねえが)ああ、まさか獄寺が殺されるとは。それしか、考えられない。あいつは、重要だった。ツナにとって。ツナにとって重要だという事は、ボンゴレにとって重要で、…崩れなければいいが。…ツナが今倒れたりしちゃあ、ひでえことになる。
頭が痛い。またふらり、と眩暈がした。最近はあまり寝ていない。これからも、眠れなくなりそうだ。…少し、睡眠をとりたいと思った。


「…それは、まだ幹部しか知らない情報かい?」
「ああそうだ。ここまでで留めておく。まあ、いつかはバレるが、当分は時間稼ぎできんだろ」
「どういう風に殺されたんですか?」
「射殺らしいが…遠くからだったらしい。ドナートは事後処理の指示を出してたから、そこにゃ獄寺ひとりだったことになる。詳しい事は、ドナートが本部に到着次第聞く。恐らく、長距離射撃のプロだ。」
「…ドナートがヤった可能性は?」
「否定できねえな」
「内部に裏切りものが居ると考えますか」
「……可能性は高い」
「そこまで聞けば充分です。…僕は、仕事をしに行って来ますよ。ここで、お話してても何の解決にはならないでしょうから。綱吉君、いいですか?」
「……………」


ツナは返事をしない。骸が少し溜息を吐いて、立ち上がった。ぎ、ぎという音がなくなり、完璧に無音になる。


「リボーン、犬と千種は加えてもいいですよね」
「もちろんだ。髑髏はどうする」
「彼女には、関わらないように言っておきます。ドナートから話を聞けたら、連絡お願いします」
「分かった。気をつけろよ、どこで何があるかわかんねえぞ」
「あなたに心配されるほど、弱っているつもりはありませんよ?充分睡眠もとりましたし。情報が入り次第、僕も連絡します」


ぱたり、と扉を閉めて骸が出て行く。ヒバリは、前かがみになったまま、思考を巡らせている。鋭い目が、更に鋭くなって刃物を見ている気分になった。俺も、振り向いて、ドールデンレトリーバの無残な首が入った箱を一瞥する。ざわり、と胸がざらついた。


「リボーン」


急にかけられた声に、ヒバリもびくりと顔を上げた。背もたれは動かない。窓の外には、今にも一雨来そうな重苦しすぎる灰色の曇天に、真黒な影になった鳥が一羽横切るのが見えた。声は、震えていない。いっそ、震えて、泣き声だったらどんなにいいだろう。あまりにも機械的過ぎる声に、反応を返すことが出来ないでいる自分が、ひどく腹立たしい。


「ミカエラのお墓を作ってあげて。とびっきり綺麗な石を使って。デザインはお前に任すよ。…彼女には、随分お世話になったしね。今までよく生きてくれた」
「……ああ、………分かった。場所は、庭園でいいな」
「うん、よろしくね」


ミカエラ、と呼ばれた毛並みの美しかった犬の首にまた目を落とす。キリリ、キリとまた心臓が痛んだ。…そして、眩暈。思わず、机に手を付く。睡眠をとりたかった。もう、目覚めてしまわなくていいくらいの。(何言ってんだ?)


「ツナ………大丈夫か?」


分かりきったことを聞いてしまう。ヒバリが少し動いたのが分かった。…大丈夫な訳、ねえだろ。と、自分の拳を思い切り握る。ヒバリの少し鋭い声。


「他の守護者には伝えたのかい?」
「牛は今ボヴィーノんとこの任務で連絡がつかねえ。今日のうちに戻ってくる。山本と了平には伝えた。了平は休暇で日本に居たが、今こっちに向かってる。山本は今メキシコ支部で長期任務にあたってる」
「山本はこっちに帰ってくるの」
「ヴェネツィアで気になることがあるそうだ、一旦支部によると連絡があった。ヒバリはどう動く」
「一応僕も気になることがあるんだ。明日は収集かけるんだろ?」
「ああ、守護者を集める」
「ならそれまで僕も一旦戻る。組織の人間に当たらせてみるよ。言ってなかったけど、この間レッラの男を買収したんだ。そいつから今日中に聞きだせると思う」
「…末端か?」
「いや、中枢に近い。何か知ってるかも知れないからね。他のファミリーにも僕の仕込んだ人間が居るから、当たってみるよ」
「助かる、収集は20時だ」
「分かったよ、ドナートから何か聞き出せたらすぐに連絡よこしてね」


頷くと、ヒバリも立ち上がった。こつり、と扉に向かおうと向けた足を、俺の方に向ける。何かあるのか、とそちらに歩を進める。背後で、少しだけ背もたれが動いた気がした。ヒバリが、少し屈んで、掠れた声で耳打ちをする。


「ちゃんとケアしないと、何しでかすか分からないよ」


ヒバリは視線で、背もたれを指した。その向こうに居る男は、一向に口を開かない。鋭い目で、一瞥し早足に部屋を去っていった。ふう、とまた溜息をつく。言われなくとも、…ケア、なんて。自分が。分かっている、自分が今動揺しているのと同じに、守護者にも動揺があること。(一様に顔には出さないが)そして、ツナにも、ひどい同様があること。
どうすりゃいいってんだ!……。


「ハヤトは、」


機械的すぎる声で、ツナが言葉を途切れさせた。無音。俺は動かない、ツナも動かない。背もたれを見せたまま。窓の外の景色だけが、風に煽られて少し動いた。……何故だか、鼻の奥が、痛い。泣きそうだ、と思った。何故、俺が。


「本当に、死んだんだね、リボーン」
「………………ああ、そうだ」
「ハヤトは、本当によく働いてくれたと思う。いっつも傍に居たから、なんか、……うん。……うん」
「……ツナ」
「大丈夫だよ。まだ大丈夫。……体は、何時届くの」
「もうすぐだぞ」
「…そう。…多分、体、見れば実感沸くんだろうね」


淡々と、ツナがそう言う。何となく、その表情が脳裏に浮かんだ。ツナは、薄い唇に笑みを貼り付けたままそう言う。いたい、と思った。きりり、きりりとまた心臓が痛み出す。ツナは、獄寺を、愛していたと、思う。そう思う。…部下なんかじゃなくて。
俺は、知っていた。


「何か、息苦しいな」
「………おい、ツ、」
「身体的な訳じゃなくてさ。リボーンはちょっと、休んだ方がいいと思う」
「………ツナ」
「随分疲れた声してるよ、珍しく。俺は大丈夫だから。でも、ごめんね。何か今はあんまり仕事する気になれなくて。怒ると思うんだけど、この大変な時にさ。明日からでいいかな。それまで、リボーンが指示を出して欲しい」
「命令なら」
「……優しいね」


ここで、ふっと笑う。自分の頭の中で笑ったツナは、ひどく疲れた顔をしていた。きりきり、心臓が痛んで仕様がない。















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