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不思議な事に、俺は、戻っていた。
何に、というと。過去に。でも、俺は頭のどっかでこれは夢だと認識している。目の前には、俺たちが居た。沢田さんと、俺。…逃げなければ、と思った。目の前にいる沢田さんの顔を見て。俺は今よりもずっとずっとバカな頭を回転させて。


俺は、沢田さんが好きだった。(今も)こ一番初めに、唯一俺にごく普通に話しかけてくれた人で、俺に初めて笑顔を向けてくれた人だった。気が付いた時にはひとりだった。寂しいとも思っていなかった、子供心に、俺の外見が異端なんだとよく分かっていた。孤児院の大人も、みんな薄っぺらい笑みを浮かべて、一応は俺にも世話を焼くものの、その顔はひどくむかつくものだったし、気持ち悪かった。誰にも懐かなかったし、俺は誰に喋りかけられても答えはしなかったから、しまいには話しかける人もいなくなり、俺を見る小さな子供から、大人までの差別的な視線だけを感じていた。
孤児院ってところは、みんながみんな多少の過去を抱えており、その痛みからみんながみんな優しい人間になるなんて、反吐が出るはなしで、実際は、他のものの足を引っ張り合って、絶対に幸せにはさせないと、怨念じみたものがどんな小さな子供にも宿っていた。
何度も、俺はひどい差別用語を吐き捨てられ、その度に、その言葉を吐いた奴らを、殺さんばかりに痛めつけていたから(たった5.6歳の子供だったから、力なんてたかが知れている。俺の武器は大抵、そこらに積んであった椅子だった)、見かけの異端と、戦争中の刷り込みによって、問題児以上の存在になっていた。どうして、孤児院を追い出されなかったのか、今でも疑問に思うことがある。それほど、荒んでいたし、子供らしい思考なんてみじんもなかった。
だから、一番初めにわらって俺に話しかけてくれた沢田さんは(当時は、なんと呼んでいたんだろうか)、俺の救いだった。最も、大切なひとになった。
よくこけては、声をあげて泣く顔とか、泣いた後にすぐわらったりするところとか、…大人に、すこしだけ敵対心を持っているようなところとか。全て好きだと思えた。俺は、子供だったし、今みたいにこんな冷静(だといえるなら)に好きだといえなかったけど、大切にはしていた。


目の前にいる沢田さんは、記憶の中に居る、幼いころの姿とまったく一緒だ。でも、一番見たくない、姿のままだった。
わらいもしなかったし、なきもしなかった。全ての表情がなくて、幼い顔の頬の肉は削げ落ち、目の下には、隈が浮いている。施設の大人たちの眼を盗んで、俺が沢田さんを探しに行った時、おそらく2週間ぶりくらいに見た姿だった。
異常だ、と思った。思考はふわりとしている。今は夢の中に居るんだ、頬を叩けば元に戻れるさ。と頭は考える。けれども、俺の腕は持ち上がらない。
真っ白い部屋の、音を立てずに開く扉の前に俺は立ちすくんでいる。ほんの少し先には、真っ白いベッドがあって、真っ白いパシャマのような服を着せられている(俺も、着ている)沢田さんが、小さいころの姿のままで、地べたに座り込んでいる。力なく、くにゃりと。片方のスリッパが脱げて、俺の足元に転がっている。
俺は、ずいぶんとタフな子供だったから、まだ走り回る気力も、抵抗する気力も残っていた。大体、ここでされている実験が、なんなのかはハッキリ認識していなかったけど、ヤバいものだってことはよく分かっていた。実験が始まる時に、飲みなさいと渡される薬を飲まずに口に含んで、あとでこっそりと吐き出すぐらいの悪知恵もそなわっていたし。
だから、隙を見て逃げ出そうと、ずっと機会をうかがっていた。ひとりで逃げ出すなんて、嫌だったから、沢田さんを探しにいったんだ。
…一歩踏み出した俺を見て、沢田さんが顔をあげた。焦点が定まっていない、綺麗な鳶色の瞳は濁っていて、ぐらり、ぐらりぐらりと首が座っていない赤ん坊のように頭が揺れる。
絶句する俺に、焦点が合ったのが、だいぶしてからで、俺は時間が止まっていたのかと思ったくらいだ。


「……ゴクデラ、くん?」


か細い、今よりも少し高い声が、ひびわれた唇から出た。
青白すぎるこけた頬に、一筋涙が流れる。瞳と同色の鳶色の髪の毛すら、前はぴょんぴょん、とはねていたのに、だらりと力なく顔に掛かっている。


「ゴクデラくんだあ…」


何時ものように、声をあげて子供らしく泣かなかった。ぽろり、ぽろり、とひび割れた唇をぬらして、白いぺたりとする床に落ちる。遠くで、誰かが、俺の不在に気付いて、探し回る声が聞こえた。思考にもやが掛かる。夢だ、夢だ、これは夢。一番、一番見たくないこの人の、一番いやな姿を見ている、これは悪夢だ。起きろ起きろ起きろ起きろと何度呼びかけても、自分の頭を殴ろうとしても、腕がいう事を聞かない。金縛りにあったみたいに、体が動かない。
その真っ白い、俺がいる部屋と同じ間取りの部屋には、ほかにも見えるだけで、4人子供が居て、みんな地べたに座り込み、壁に体を預けている。焦点の定まっていない死んだ目をした子供達は、みんな総じて見覚えのある顔で、だらりと髪が顔に掛かっている、何人もの、その狂気的な子供達の姿を、俺は何度も夢に見ている。嫌なにおいが、夢の中にいるはずなのに、蘇ってきた。よくみると、その部屋の白い床には、点々と吐瀉物の塊がある。
俺が居た部屋は、真っ白な部屋に俺がたったひとりだけ居るだけで、離れ離れにされたほかの子供達がどうしているかなんて、気にかけたこともなかった。沢田さん、以外。
あはははははは、乾いた笑い声。ぽろり、ぽろり、と涙が床をぬらしている。


男の声が近くなる。やけにリアルで、俺はもう夢の中に居るという事実さえ、忘れていた。昔と同じように、乾いた笑い声を立てる沢田さんに駆け寄った。青白すぎる、骨っぽい腕を、できうる限り優しくつかんだ。
夢の中の、小さい俺は口を開かない。そのまま、腕を掴んで、ほぼ無理やりに立たせた。力なく、沢田さんは倒れかける。その手を引いたまま、俺は、走り出した。
前は、触るとふわりとした感触だった手は、骨が浮いていて、嫌な感触になっていた。
これは夢だ、夢の中にいると頭は分かっているのに、ちいさいころの俺は、昔にあった出来事を綺麗に再現するように走り出す。















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