色とりどり、あまりの色彩に目が眩んだ、ことを覚えている。
うるさいくらいの雑音と、蝉の声がやけに懐かしい。俺の思考は泥に沈んでいる。きちんと、寝ているという感触と実感はあった。脳みそだけが未だ寝ている。体は、起きていると思う。背中に、シーツと、隣にゴクデラくんの体温を感じるのに、頭は勝手に色彩のあるやけにリアルな夢を展開していた。
俺の思考にはもやが掛かっている。
それでも、俺が一番忌まわしい記憶を、鮮やかに展開する。間違いなく悪夢だ。夢の中の俺は、もう自分を夢から覚まそうとする気力すら持っていない。唯一の救いは、あの恐ろしい実験は、きちんと思い出せないということだけ。


ゴクデラくんが一歩前にいた。
俺は走っている。ゴクデラくんも走っている。引きずられるように(実際、引きずられていた)走り出して、気が付くともう一生出られないと思っていた、真っ白い部屋から抜け出していた。真っ白い廊下が永遠に続くと思っていた。


ゴクデラくんは、綺麗な子供だった。
とんでもなく、綺麗な子供だった。いつ、どうして話しかけたのか分からないし、おれだって多少は怖かった。俺は彼が、椅子を他の子供に叩きつける現場を2度目撃している。だから、怖かった。でも、雨の日だったのは覚えている。ぱらり、ぱらり、とこの国がまだ風情のある雨を降らしていた頃で、(環境の悪化のせいみたいだけど、最近の雨はひどい豪雨で降ると10分足らずでやんでしまう)ゴクデラくんは、後に聞いたはなしだと、孤児院から逃げ出そうとしていた。玄関先で、ぼうっと佇んでいた。俺は、何て話しかけたんだっけ。
…彼の容姿は、孤児院の大人たちが物陰に隠れてこそこそと話しているような醜悪なものではなかったし、子供達が軽蔑交じりに言うひどい暴言のほうがよっぽど、気持ち悪いと思った。 アッシュグレイの髪の毛に、真っ白な肌と、信じられないくらい綺麗な色素の薄い緑色の眼を、俺はいつも見ていた。
戦争のことはよく分からなかったし、彼が暴力を振るうのは、絶対に何か彼にむかって暴言が吐かれたときだけだったから、そんなに暴力的ではない、と子供心に、そんなことを思っていた。ような気がする。
今でも、本当に、かっこいいというよりは綺麗だと思う。未だに、一緒に歩いていたら、好奇と軽蔑の視線を向けられていることに気付くけど。本当に、その容姿は綺麗だと思う。容姿、だけでなく。全て、とてつもなく綺麗な人なんだ。俺とは、比べ物にならないくらい。


…俺は、走っている。
気が付くと、雑踏の中に居た。息を切らして、(本当に苦しい、夢なのに)隣に居る、今とは違う小さいゴクデラくんを見た。今よりも少し、色素の強いグリーンが俺の眼と合う。俺達が着ている、入院患者みたいな白いパジャマが肌蹴て、真っ白い肌が少し見えていた。
逃げれた?目でそう問うと、ゴクデラくんが小さく、信じられないという顔で頷いた。さっきまで、俺は、もうなんにも考えずに、真っ暗な、思考の渦に飲まれていたんだけど、嘘のように走っているうちにそれが吹き飛んだ。
膝ががくがくと笑う。久しぶりに、動いた気がする。心臓が、ばくばくと波打ってとっても、苦しい。雑踏の中に、俺達はちいさいから、あっというまに紛れてしまって、久しぶりに色彩と、音に目を回して立ちすくんでいる俺と、誰かの目線があった。
一瞬の後、耳を塞ぎたくなるような、ひどく甲高い悲鳴が起こった。
驚いて、ゴクデラくんと顔を見合わせる。
何事かと、まわりの無関心に進んでいた足音が止まった。続いて、次々と悲鳴が起こる。


「異人がいるわッ」


…通行人の女性が、そうゴクデラくんを白い指で、指差した。悪魔の子供がいるわ、誰か来て!連鎖して、ヒステリックな騒音が耳を突く。
ああ、これは夢だ、夢のなかなんだ。そう体は認識している。俺は、ベッドで寝ている。隣にはゴクデラ君が居るんだ。頭が、起きてくれない。勝手に映像と音声をながしている。もうずっと忘れていた記憶なのに、こんな風に鮮明に思い出すことが出来るなんて!直ぐに、俺が中学生の頃にも同じような事があったことを思い出す。
隣のゴクデラくんは、呆気に取られた顔で、指を差している女の顔を凝視していた。そのうちに、子供に似つかわしくない、ひどく凶悪な顔になるのが分かった。今にも、椅子を振り下ろしそうな、顔。
今度は俺がゴクデラくんの手を引き、雑踏の中を抜けて行く。息が出来なくて、ひどく苦しい。でも、このままじゃ、ダメだ。
夢から覚めようという考えは、吹き飛んで、また雑踏の中を駆け出して行く。通行人の突き刺さる視線と、汚いものを避けるように、俺達の為の道が開く。


「ゴクデラくん、走って!」


半ば叫ぶように言うと、思い出したようにゴクデラくんが足を動かす。俺達が走るたびに、悲鳴があがる。悪魔の子供だわ!…今までのリアルな夢よりは、よっぽど夢らしい、脚色されすぎた光景のなかをゴクデラくんの手を握って走り出す。
…俺がいた部屋の、俺と同年代や年上、年下の子たちは、もうみんな口すら聞かなくなっていた。ゴクデラくんだけは、無事で、本当に、よかった。次々に、やつれていく(俺もだけど)子達とは、ゴクデラくんは比べ物にならないくらい、もともとの姿で俺の前に現れてくれた!
俺は、この記憶をずっと忘れていたけど、ゴクデラくんは、この頃からずっと俺の、一番大切なひとなんだよ。俺の手をとって一緒に逃げてくれた、ヒーローなんだ。
本当に走っているように、息がひどく切れる!















Comming Soon!



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