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ぽつりと、それは立っていた。
緩やかな丘の上にたった一つだけ、異質がある。周りを見渡すと、何を祝福しているのか、鳥のさえずりと一面の緑に嘲笑っているような澄み切った青空。ぽつりと一人ぼっちで立っているその墓は、おそらく美しい景色のもとに置いてやろうと例によって過保護な老人が決めたに違いないが、生前のあいつのひとりでは何も出来ない甘えきった姿から考えてみれば、随分とひどい仕打ちに思えた。まわりに何も無い、墓場。
ゆっくりとゆるやかな丘を歩く。真っ白な墓石の前には、鮮やかな花束が山のように置いてあって、昨日が奴の命日だったことをふと考えた。ここで、昨日また何人ものひとが、どうして死んだのだランボと責めるように追い立てるように泣いたのだ。死んでからも、哀れな奴だ。
墓石の前に、手ぶらで立つ。花を持ってくる気はなかった。何故俺がアホ牛に花なんざ手向けなきゃなんねーんだ?強烈な花のにおいが風に運ばれて、一瞬の後、後ろに流されてゆく。
………なあ、お前は、


生きているあいつと俺が最後に接触したのは、あの狂気的な(奴がいうところの最後の晩餐)深夜のホテルの一室で、奴はそれから半年後に、痛いイタイ苦しいと喚きたてながら白い病室で、まわりがそう望んだように大勢の人に囲まれて死んでいった。らしい、後で聞いた話だが。
…あの夜、呼び出された場所にいたのは、とりあえず俺が記憶の片隅に留めておいたアホ牛の姿とはまったくもって異なっていて、同じなのは服ぐらいだった。もともと白かった身体は、日光に当たらないせいで更に青白く、血管が浮き、目の下には隈が出来、ひび割れた唇は青紫で、目だけが異様に澄んでいた。"すき"と呟いた言葉は、喉から搾り出したような、明らかに病人のそれ、で異様に澄んだ上等のビイ球が嵌め込まれた様な目に吐き気を催したのを良く覚えている。
あいつは、夢をみるような表情で俺に話しかけた。俺は、それに大した返答も返さず不機嫌に酒を飲んでいただけだ。…それでも、あいつの頭の中では俺との会話が繰り広げられていたらしい。キャチボールのなりたたない、夢見る表情のランボの目は俺を通り越して、どこか他を見ていた。
俺は、白すぎて、いっそ気持ちが悪い細い首に手をかけた。



あの感触は、七年経った今でも濃く脳に焼き付いていて、ふとした瞬間にその感触を思い出しては、胸を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。
別に、付きまとってくる格下がひとり消えただけで、何故俺がその死に囚われるんだ?
"生まれ変わってまたリボーンを見つけるんだ"そういい残して、お前は俺に殺されるつもりだったのか?あの後、あと一息で死んでいた。首に込めた力をすっと緩めると、ごとんとあいつの反った首が床に落ちる重い音がして、ひどく咳き込んだ。(頭がまた映像を流すひどく客観的でそれはまるで古ぼけた映画のワンシーン)
それから、ビイ球の目を血走らせて、ツナに連絡する俺の首を絞めた。骨が浮き、青白い手が、俺の首を、病人だと信じられないくらいの力で締める。ぼろぼろと、作り物のような涙があいつの眼から溢れていて、その涙に色がついていたら、間違いないそれは真紅だ。と場違いな事を考えていた。
抵抗するのも馬鹿らしい、…俺は頭がイカれていたに違いない。俺は、間違いなくあいつの狂人のもつ独特の瘴気と雰囲気に当てられていた。そう、間違いなく。
俺の首を締める細い腕越しに、あいつはひび割れた唇を開いた。


何で殺してくれないのリボーンはそんなにチキンだったのねえ俺のくるしみが分からないの病気で死ぬんだよ俺はしぬんだよ、いやだいやだ病気でなんてしになくないリボーン早く俺を殺してさもないと俺はリボーンをころしちゃうねえお願いおれをころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころして
                  

床に突っ伏して、大声を上げて泣くあいつを俺は、どんな気持ちで眺めていたのだろうか?


俺が覚えているあの日の記憶は、何故か客観的で、その映像には俺が出てきてまるで映画を記憶するかのような映像が焼きついて離れない。心理描写をする、ナレーションなど流れてこない。俺はイカれていた。そう、クレイジーだったのは俺のほうか?日を追うごとにそれは劣化していく。それにほっとする自分と、その事にほっとする自分に腹を立てる自分と、えらくセンチメンタルな気分になる自分に吐き気を催す。もう七年も経った。…長いようで、あっと云うまで、季節が目まぐるしく鼻先で変わる。
俺は、昔から老成達観だったが、歳を取るごとに少しはオトナになる自分を認識する。


そう、俺はあの日に、あいつの狂人の目に囚われていた。


七年経ったところで、ようやく気付いた。あの頃の自分は、幼かった。…俺があいつとセックスをしたのはたったの一度だけで、あのホテルの一室でほんの気まぐれだった。ただ、その事実をあいつは過大に、そしてドラマティックに膨らませた。あの白い病室のなかで、濁った白のなかに淀んだ死の痕跡に怯えながら。
病気で死ぬのはいやだ!
と叫んだあいつは、なにをかんがえていたのだろうか?死の痕跡に怯え、妄想を過大に膨らませ、訪れる人間はみな暗い目をして"おまえは死なない大丈夫だランボ"そんなの、もともとキャパの少ないあいつの精神が受け止められるわけ無かった!おお、なんて可愛そうな子供!
たった一度だけの俺との接点を過大に膨らませ、死を求めるフリをした。そう、いかにもドラマティックで感動的な悲劇の終幕のように。残念だったな、おまえはその思い描いた死は迎えられなかった。現実は、お前が描いたありきたりで薄っぺらな悲劇より、悲劇らしかったぜ。そう、いっそ喜劇かと間違えるくらい。


病室で、病気に蝕まれながら、あいつは声がひび割れ、そして枯れてしまっても叫んでいた。(これも、"らしい"だ。俺はその事をツナから嫌ほど聞かされた)
"リボーン、リボーン、ごめんねきみの首を絞めたことは謝るから。もういちどおれをころしにきておねがいおねがいもう一度おれに会いにきてよ、君がおれに会いたいってことはよくわかってるんだ"繰り返し繰り返し俺の名前を叫ぶあいつを思い浮かべて、俺は何度も吐き気を催した。きっと、ツナの云うとおりにあいつに会いにいっていたら、俺は吐いていたかもしれない。それほど、気味が悪かった。得体が知れなかった。
あいつの死に様は、病気に蝕まれてそれでもやすらかに眠った。ってわけではなかった。らしい。痛みと、恐怖、精神の狭間で発狂寸前。俺への病的な執着で、叫びながら死んだらしい。そう、らしい。全ては、後にツナから半分恨みがましく、半分哀れな口調で聞かされたもので、俺はその当時タバコの本数が絶望的に増えた。今は減ったが。


あいつは、何度も生まれ変わってリボーンに会いに行くと言っていた。でも、結果はどうだ?お前は俺に会えたか?残念ながら、俺はおまえに似た人物に、あれから七年たったが、会っていないぜ。
死体は、死化粧でなんとか見れる形だったが、浮いた骨に青白すぎる肌がやはり病気の悲壮さを訴えていて、俺はその死体を一瞬しか見ていない。でも、よかったなお前は大勢のひとに涙を流させた。お前の愛すべき保護者なんて、棺に抱きついて今にも後を追いそうな感じだったぜ。(実際、後を追うようにその半年後には死んじまったがな!)
ランボ、可愛そうなランボ、こんな若いうちに病気で死んでしまうなんて、おおなんて可愛そうなランボ!
ハンカチで口元を押さえ、マフィアや愛人、しまいには行きつけの店のマスターまでが泣いていたぜ。俺は、その死に様の気持ち悪さに吐き気をこらえるしかなかった。病気にかかったのは、運だろうが。(つくづく、運に見放された奴だ!)半狂い死にをしたのは、俺の存在があったからで、俺はあの日、ホテルの一室、気まぐれでおこした間違いをどれだけ後悔した事か。これほどまで、自分を気持ち悪くさせる事実にどれだけ後悔したか!
そう、おまえはこの俺に後悔をいうものをさせた、数少ない人物のひとりだ。よかったな!


「なあ、ランボ」


墓石に向かって、語りかける。初めて口に出した名前が、新緑に溶け込んでいった。これがおそらく長く続きすぎたこの茶番劇の最後のシーンだ。脚本家は、おまえじゃないランボ。俺でもない。誰かの道楽だ(そう、神さまの!)
死の四日前、あいつが俺に書いた手紙をポケットから取り出す。それは、手紙と呼ぶには凡そ暴力的で、真っ白なメモ帳にあいつが乱暴に書きなぐった字が躍っているくらいのものだったが、俺は、それをあいつが死んだ日にツナから受け取り、すこし目を通した後、ぐしゃりと握りつぶしてツナに付き返した。それを、もう一度、昨日ツナから受け取り、持ってきた。
手紙の内容も、これまたひどいもので、


おお、我が愛しのリボーン。                           
どうしておれをころしてくれなかったんだい?おれはそろそろ死ぬよ。いたいんだ苦しいんだ。ああ、きみの美しいヴァイオリンの旋律がきこえる願わくば、おれをころしてくれなかった、会いにもきてくれなかったきみがおれに囚われてくれますように。おれをわすれないで、おれをわすれないで、おれをわすれないで、おれをわすれないで。そしてまたおれはきみに出会う。
きみの恋人、ランボから


狂人だ。これを書いたのは紛れもなく死の影に怯えた狂人で、踊った筆跡の隙間から生前のあいつのビイ球の目が覗き見ている気がした。俺がいつあいつの前でヴァイオリンを弾いたのだ?まったくの、妄想。


「ランボ、お前の最期の願いもこれでおしまいだ」


白い墓には、"ボヴィーノ8代目、最愛の息子ランボここに眠る"と仰々しくイタリア語で書かれていて、お前はあの世で保護者と仲良くやっているか?と心の中で思った。実際、俺はあの世だの生まれ変わりだのを信じていない。そう、それは単なる詭弁。
昔に、握りつぶした、おれをわすれないで、と何度も書かれた白いメモ帳に手を掛ける。お前の首に手を掛けたときよりは、俺の手は幾分骨ばった。お前の最大の願いだった、ころしてくれ、がやっと叶うぞ。見ておけ、きちんとその墓の中から。
紙を裂く、細い音が聞こえる。まず、二枚に、それから四枚に。細かく、最期の願いを書いた紙を破る。ああ、俺の心は波風すら立たない。こんな男で悪かったな、ランボ。
掌に細かく千切った最期の紙片を乗せる、ゆるい風に一枚二枚と攫われていく。白い墓に、紙ふぶきを降らせた。それは、丘の向こうまで、風に運ばれて、白い紙片が新緑によく映えた。最後に一枚残った細かな紙片が、風に攫われて何処かへ飛んでゆく。"おれをわす"まで書かれたその暴力的な筆跡は跡形もなく消え去った。
もう一度、墓に視線を戻すと、胸が痛くなるくらいのセンチメンタリズムの嵐。ずっと俺を追いかけていた、狂人になる前の子供を絵に描いたような男の笑い顔を久しぶりに思い出す。ツン、と鼻の奥が痛くなった(俺はこれが何の前兆か知っている)。こいつの為に泣いた人など腐るほどいる、何故俺が泣かなきゃなんねーんだ?この感傷は何だ。


……振り切るように、首を振って。白い墓に背中を向ける。濃い花束のにおいが名残を惜しむように背中について来る。拳をきつく握って、ボルサリーノを深く被りなおした。
白い墓が、たったひとり孤独に佇む。











                       























Fin...