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ふわり、と色素の薄い髪の毛が揺れる。猫っ毛だから雨の日は辛いわけなんですよーと、やけにやわい口調で誰も聞いていないのに水谷は唇を尖らせた。さわり、さわりと、降っているのか止んでいるのかよく分からない、さわると柔らかそうな雨が窓の外で揺れる。
雨は嫌いだ。
頭がぼうっとする。野球が出来なくなる。俺から野球を取ればここまでだるい人間になるのかと、動く気力すらなくして机に突っ伏す。歴代の先輩方が刻んでいった、非常にどうでもいい落書きを、(授業中に何度も見ているのだが)もう一度一から視界に入れる。入れたところで入って来ない。三橋はちゃんと帰ったか、また傘差してねえんじゃねえのか、風邪引いてないか、と疑問が浮かぶが特に確かめに行く気力も残っていない。何故だが、前に座っている水谷は俺の机に無断で自分の机をくっつけ、細かな振動とともに、何かを書いている。確認する気も無い。
「雨は嫌いなんですかー」と、もう一度誰かに問うている。俺に問うているのか、恐らく。少し目線を上げると、半分は自分の腕、その向こうに、キャラクターもののやけにかわいらしいシャープペンシルが見えた。それを叩き落として、今すぐにゴミ箱へ、…ああ、美しいラインを描く。放射。白球。熱を孕んだグラウンドの土。土ぼこりで少し咽る。美しいバッドとその向こうで振りかぶるピッチャーの美しきフォルム。ああ、駄目だ。雨は頭がゆるくなる。
「シカトですか阿部さんー」「文貴くんは悲しいです」「雨です」「帰らないんですか」ああ、鬱陶しい。さわり、さわりと雨は強くも弱くもならない。雨の日のグラウンドは嫌いだ。雨はもっと嫌いだ。ああ、頭がゆるくなる。こいつと一緒に居る事事態が。いつの間にか細かい振動は止んでいる。ぱたり、と本を閉じる音。つむじ当たりに、ちくりと何かが刺さる。リズミカルに、もう一度。トン、トトン、トントン、トトン。……、その手を勢いよく払いのける。ああ、眠ってしまうところだった。
急速に世界を認識する。目の前には、ふわりとまた柔らかそうな髪の毛を、右手の人差し指でくるりと巻き取りつつ、にへらと気力の無い、(締まりもない)笑顔を浮かべる水谷が居た。黒い表紙に、シンプルに日誌と書かれたノートは随分とくたびれている。もう教室には誰もいない。消し忘れた(或いは消せなかった)のか、黒板の上部には授業の名残が、残っている。窓に目をやると、さわり、さわりとまだ雨が降っている。やけに明るい。明るいけれど、アイスブルーに汚い灰色を足したような色に染まり、分厚い、混ぜそこなった絵の具のような色をした雲が地上を押しつぶしそうなほどに、蔓延っている。陽光で明るいのか。間延びした口調で水谷が口を開く。
「こういうのを狐の嫁入りっていうんだろー?」 
「……何だそれ」
「ええ、しんないの阿部。晴れてるときに雨降ってることですよー」
「天気雨だろ。これの何処が晴れてんだ、馬鹿か」
「あー、どっちでもいんじゃない?へー天気雨かー美人なお天気お姉さんのイメージなんだけどー」
間延びした声でそういい、また何がおかしいわけでもないのに軽く笑って、こつ、コツコツ、こつり、とリズミカルに水色と水玉と、何処が可愛いのかよくわからないキャラクターの書かれたやけに夏っぽい色合いのシャーペンで、机を叩いている。また、左手の人差し指でくるりと茶色の髪の毛を巻き取り、少し撫で付ける。中性的な顔立ちは、いつも腐抜けたように笑っているせいで、普通にしてればマシなのにと思わないことはないのだが、言わないで、おく。湿気が重く身体にのしかかる。ああ、このままでは本当に寝てしまう。明日はようやく晴れだろうから、練習もある。帰って、一眠りしようと、でも重い腰を上げる気にはなれない。うつら、うつら、と瞼が(「お客さん、申し訳ありません今日は閉店なんですよー」…水谷の声だ)下りてくる。
「眠るんですか阿部さーん」こつ、こつと伺うように側頭部を、シャープペンシルでつつかれる。ああ、もしかして書くほう使ってんのかああ殺す鬱陶しいな見てるといらいらすんだよへにゃへにゃしやがってお前より三橋のがまだよっぽどマシだろういいかげんにしろよ水谷といつもの調子で、そのふわふわした髪の毛を(髪の毛のふわふわ度はそいつの頭の中身に比例するのか)わしづかみにして、割と容赦なく(あくまで割りと)振り回してやりたいと思うのだが、ああ、いかんせよこの眠気をどうにかしなければ。ああ、眠い。雨は嫌いだ。振り切るつもりで、口を開く。
「何で敬語なんだよ」
「気分です」
「それやめろうぜえんだよ」
「どれ?」
「存在」
「話に一貫性がありませんこと。…ねえ、一貫性って言葉かっこいくない?」
「…………」
「あ、ノーコメント?」
「…………」
「シカトですか」
「…………」
「眠いの?阿部。今寝たら夜になっちゃうよ。帰らないと。夜中の学校で警備員さんに起こされるまで寝てる学生、あ、いいなこれ都市伝説になりそう。あ、やっぱ起きなくていいよそのまま寝てて、生きた伝説になろうぜえー」
「………お前ってさー」
「何?」
「なんでもない」
「気になるじゃん」
「何でもねえつってんだろ」
「気になりますねー。先ほどのプレーはどうなんでしょう解説の阿部さん」
「…………」
「で、何?」
「帰る」
こいつと喋っていると更に眠くなると判断し、寝ぼけていた頭を少し叩く。重い腰を上げてしまうと、一気に眠気が飛んで、ああ、はじめっからこうしとけばよかったなーと思いつつ、え、もうかえんの?都市伝説はあきらめんの?とひとりでぐずる馬鹿の頭を、一発思い切りぐーなぐった。迷路のように連なり規則的かと思えば、不規則でそろわない机の間を縫って、3分の2ほど空いている、ところどころがへこんだドアに向けて歩く。
「阿部ー」
声をかけられて、反射的に振り向く。先ほどまたいだ、ポテトチップス(コンソメ味、…邪道だ)の袋がまた目に入る。水谷は、よく分からないなんと例えて良いのかも分からない、変な空のほうを向いたまま、また口を開く。
「阿部ー」
「何だよ」
「俺ってクソレフト?」
「は?」
窓の向こうから視線を反らせて、逆光のまま水谷が、ふへ、と笑う。
「阿部にとってー?」
「意味分かんねえ」
「うん、俺も」
「は?」
「二回目ですねー、解説の阿部さん」
付き合いきれないとばかりに、3歩歩く。相変わらず3分の2開きの扉のスキマを、少しおおきくし(4分の3くらい)、出て行く。俺の背中に向かって、水谷が、バイバイ阿部また明日ねーと、間延びした声で声をかけた。ドア越しにちらりと視界に入る、右手をひらり、ひらりと振っていた。その右手人差し指には、キャラクターもののバンドエイドが見える。





































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