七夕、次の日。




煌々と燃える。
顔に熱が当たり、手を翳してみると皮膚が焼けるにおいがした。めらり、と火が皮膚をあぶる。こんな風に、簡単に燃えてしまうものなのか。ふうんと気のない声を出して、一歩下がった。何色、なんだろうか。赤、・・・ではない、オレンジ、でもない。黄色でもない。青、でもない。炎色というものが、あるのかは知らないが。コンクリートが焦げて、白くなっている。めらり、めらり、と火は星なんかよっぽどその気にならないと探せない、夜空に向かって燃えている。
放火魔の気分、はこんなものか。つまんねえなあ、ふんふんと鼻で声を出して、足元に飛んできた、半分ほど燃えた誰かのエゴに目を落とす。拙い字で書かれたそれは、すこし読むのに手間取った。・・・結局、読むのを諦め(なにしろ半分燃えてしまっているので、何が書いてあるのかさっぱりだ)靴底で、容赦なく踏みつけた。ぐしゃり、と小さな音がして、風に攫われてしまった。今日は、風が強い。よく燃えている笹には、まだ燃えあぐねている誰かの短冊と、もう墨になってしまった短冊に、折り紙で作った、へたくそな飾りがかけられている。
風情もなにも、あったもんじゃない。いや、でもここで燃えているほうが、飾られているよりも、まだマシだ。
火が横に煽られてコンクリートを、あぶる。そのうち燃え移って火事になるかもしれない、騒ぎが起こる前に退散しておこう。
くるり、とUターンして、来た道へ戻る。もう一度振り返ってみると、笹は激しく燃え上がっていて、その隣のゴミ袋も、綺麗な色で燃えていた。


「つまんねえなあ」


声に出して言ってみる、更につまらなくなった。
大体、七夕の願い事って言うのが、そもそも誰に願っているのか。無邪気に、短冊に願い事を書く気すら、なくなってしまう。織姫と彦星なんて、言ってみりゃ唯の星で、その星はただの、岩だかなんだかの、塊に過ぎない。ロマンの欠片もねえのな。(俺にロマンなんてことが似あわねえけど)
あれほど、大量の誰かのエゴを(宿題を減りますようになんて、先生に頼めよ)ぶらさげた笹は、7月7日を過ぎると、その願いを吊ったまま、ゴミ捨て場に放置されている。燃えるゴミ、だったんだろうか。もしかしたら燃えないゴミだったのかもしんねえけど。まあ物なんて火いつけりゃあなんでも燃えるんだから、同じようなもんか。
コンビニの明かりが、見える。あの光は、炎の色よりもよっぽど落ち着くものだ。人工的なものは、なんだって、人間が作ったものだから。ふらり、と誘われるようにコンビニの自動ドアを抜ける。いらっしゃいませえ、とえらく間延びした、面倒くさそうなアルバイト(多分)の声が聞こえてきた。
何を、買いにきたわけでも、ない。深夜のコンビニは閑散としていて、空調設備の唸る音だけが僅かに聞こえている。雑誌コーナーにふと目を向けると、見知った人を見かけた。こちらが声をかける前に、視線に気が付いたらしい、目が合うと、思い切り顔をしかめた。"嫌な奴に合っちまった"と顔が言う。随分と、分かりやすい。


「よう、ゴクデラ」
「うっせえ、話しかけんなバカ」
「何読んでんだ?」


抗議の声を上げるゴクデラに、店員が一瞬不安そうな顔をした。尻目でそれを見て、ゴクデラが立ち読んでいた漫画雑誌を覗き込むと、どこかで見覚えがある。一瞬後、ツナが集めていた漫画だと思い出した。少し笑いそうになるのを、抑える。相変わらず、なんて尽くしている奴なんだろう!


「おもしれえの、それ」
「お前に関係ねえだろ!」
「ま、そうだな」


睨んだ後、チッと舌打ちするゴクデラから目を離して、適当な雑誌を物色する。お目当ての雑誌は売り切れなのか、見つからず、適当に少年漫画の雑誌を取って、ゴクデラの横に立った。なんでこっちに来るんだよ、離れろ気色悪りいな。と目が訴えている。口でも言うが。
あんまり退屈はしなさそうだ、と喉で少し笑って、パラパラと雑誌を捲る。紙の匂いがした。
ふと横を見ると、派手に眉根を寄せたままゴクデラが少し不思議そうな顔でこっちを見ていた、すん、と鼻を吸う音がする。


「何だ?」
「……何でもねえよ」


ぼそりとそう言い、釈然としない顔で、雑誌に目を落とした。
ゴクデラは嗅覚がよかったはずだから、俺の服に移った何かが燃える匂いでも、嗅ぎ取ったのかもしれない。犬みてえな奴だなあ。そういや、聴覚もよかったっけ。上の空でパラパラとページを捲る。ページの中では、主人公がヒロインを助ける為に、無駄に躍起になっていて、それが少し笑えた。ゴクデラは真剣な表情で、ページを捲っている。こんなふうに、真剣に漫画を読むのは、こいつだけかもしんねえな。おもしれえ奴。


「なあ、ゴクデラ」
「……………ああ?」
「人殺した事ある?」


じとり、と睨む。全体的に色素が薄い、それでも美しい色を持っている目が、鋭い光を宿した。
俺がにいと笑うと、ゴクデラが不快だと唇を歪め、眉根を寄せた。ページに目を落としたまま、ゴクデラの表情を少し見る。無表情。


「それがどうかしたのかよ」
「んにゃ、聞いてみたかっただけ。あんの?」
「…ねえことは、ねえな」
「ふうん」


俺の返答に、また眉根を寄せて、雑誌に目を落とした。ペラペラと目次を見て、他の漫画に移動する。これも、この間ツナが読んでいた記憶があった。
…ゴクデラという人物について、俺はひどく興味を持っている。大体、こんな風に誰かに真剣になれること自体、すげえな、と思う。羨ましくも思うこともあるけれど、つかれねえのかな、と思うことも、ある。俺が思うに、こいつはきっといつか、ひどい壊れ方をするに違いない。俺は、とりあえずどういう風にコイツが、壊れるのかそれを楽しんでみよう、というのが目下の計画であって、それには随分と長い年月が掛かるだろう、途中で飽きるだろうな。飽きたら、どうすっかなあ。
雑誌から目を上げて、雑誌コーナーの前にあるガラスに映った自分の顔をにらめっこする。…遠くで、サイレンの音がする。だんだんと近くなってくるその音に、ゴクデラも顔を上げた。ガラスに顔が映って、目が合った。
サイレンの音、何かに気が付いた顔をして、ガラスから目を離し、直に俺を見た。こういうところだけは、やけに鋭い。


「何やったんだよ」


また雑誌に目を落として、噛み付くような言い方ではなく、呆れた物言いで静かに言った。少し意外にぱちくり、と目を瞬かせ、喉で押し殺しながら、クツクツと笑う。


「何が?」
「すっとぼけんな」
「あー、別に大したことじゃねえよ」
「やっぱり何かやらかしたんじゃねえか」


あはは、と笑って誤魔化す。ゴクデラがじとり、と睨んだ。


「手前が何やろうがどうだっていいけどな、十代目に迷惑だけはかけんなよ」
「…ゴクデラはツナ好きだなあ」
「分かってんのか」
「わあってるって」


ゴクデラが、溜息を吐く。サイレンを出していた車が、さっきでてきた路地に入って行くのが見えた。そこだけ、随分と燃え上がっているようで、明るく見える。ゴクデラもその方向を見ている。またガラスに映ったまま、目が合った。眉根を寄せる。


「あれ、やったんだろ」
「…さあ、知んねえけど?」
「お前が何やってんのかは知んねえけどな」


溜息交じりにそういって、(サイレンが止まった)雑誌を半ば放るようにもとの場所に戻した。すれ違い様に、雑誌を持つ俺の右手を、強い力で掴んだ。


「絶対に、捕まんなよ」


ゴクデラはそのまま知らん顔で、棚の角を曲がっていってしまった。その強い目の色は、さっき見たあの何色か分からない炎の色に似ている気がした。目が燃えてるなんて、青春漫画じゃ有るまいし。でも、ゴクデラのその意思の強さは、…やっぱすげえな。
俺が、捕まったら。まあ、んなことありえねえけど、ツナが悲しむとかそういう理由だろう。
ああ、思いついた。もし俺が、観察に飽きたら。ゴクデラのその意思の強さを曲げてみようか。それとも、殺してみようか。自分自身の思いつきの悪趣味さに、またクツリと笑って、漫画をもとの場所に戻した。
丁度ゴクデラがレジで金を払っているのが見えて、傍によって行く。ゴクデラは噛み付きそうな勢いで、嫌な顔をした。店員は、それにまた不安そうな顔をする。買っているものを見ると、プリンが二つ。あまりのミスマッチに、笑うと、ゴクデラがムキになって怒った。
まあ、今はこのままでもいいか。
いつか、…こいつがこのままなら。このまま、ツナの方だけを向き続けてんなら。


いつかの為の計画に、喉でくつりと笑う。


自動ドアから出て行くゴクデラの後ろを追って行く。蒸し暑い空気が、あっというまに体に纏わり付いた。前をみると、遠くで、煌々と炎が燃えている。どうやら、家に燃え移ったらしい。野次馬が笑いながら俺たちを通り越していった。ゴクデラが、俺を振り返って、じとりと睨む。


「バカじゃねえの」
「……何が?」
「お前が捕まったら十代目が悲しむんだよ」
「さっきからそればっかなのな」


深い溜息を吐いた。火事が近くなる、1人くらい死んだか?くつくつとわらって、ゴクデラの肩に手を回してみた。


「なあ、ゴクデラ。短冊があったら何書く?」
「はあ?七夕は昨日だろ、つうか離せよ気持ちわりいなッ」


思い切り俺の腕を振り払い、また同じ目でじとりと睨んで早足で歩き出した。(走るのはプライドに触るらしい)
いっそ燃やしてしまいたい。火をつければ、燃えるだろうか。笹と同じように、煌々と。くつくつ、と喉でわらう。人殺しとは、どんな気分だろうか?































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