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キン、と甲高い音がして、青春を絵に描いたような青空に、白い土に汚れたボールが跳ね上がった。金属バットで打ち上げられたそれ、は、ぼくには一体何が面白くて、やっているのかよく分からなかった。が、彼には面白いらしい。まったくもって、理解不能、を絵に描いた様な、奴だ。
ルールは一応、理解はしているものの、その唯のバットとボールに一喜一憂する、その精神が理解不能だった。ぼくの記憶にある、金属バットと言うものは、無意味にボールを打ち上げるものではなく、誰かの血液が赤黒くこびり付いたもので、それはそれでどうかとは思うが、そんなのどっちだっていい。
白いボールを目で追うと、いとも容易く錆びた緑のフェンスを越え、木々の向こうに消えて、しまった。歓声があがる。その余りの、けたたましさに思わず顔を少し歪めた。バッターが、スライディングによって、汚れた白いユニフォームを翻し、土を蹴った。ゆっくりと、勝利を確信した足取りで、軽やかに真夏のだるい空気の中を、走り抜けて、ゆく。
みんみんみん、みいんとありふれた効果音が、近くの木から鳴り、またそれが騒音に拍車をかけ、これでもかというほど太陽が容赦なく照りつけた。クーラーが聞いた室内と、その外側の温度差を思い、げんなりする。…三塁を蹴った、白いユニフォームと目が合った。
帽子のツバで影になっていて、表情はよく分からないが、わらったのだろう。にい、と。その顔が目に浮かんで、…何故だか、吐き気が、した。走りながら、こちらに向かってピイスをしたのが唯一目に入った。
シャッとカーテンを引くと、白いカーテン越しに相変わらず試合は続いていて、暑苦しい気温、と室内の人工的な涼しさが交じり合った、気持ちが悪い空間が生まれた。カラカラ、とサッシを持ち窓を閉めると、遠くで同じ白いユニフォームを着た仲間達と、帽子を投げ、手を叩き合うのが見えて、それにどうしようもなく腹が、立った。
そう、腹が立ったのだ。
そんな事に、腹を立てている自分自身に、イラだち、何故ぼんやりと、この暑いのに更に暑くなるような、不快なものを見ていたのかと溜息を、吐いた。そうしたら、(大方予想はしていた事だったけど)遠くで見ているより、汚らしい土に塗れた格好で、扉の前に立っている、人物が居た。
汗がシミになって、茶色が濃く薄く付いて、黒々と焼けた皮膚には、汗が滴り落ちている。その、おぞましき(まるでぼくが不快なものを寄せ集めたみたいな)姿の男は、浅く息を切らし、ぼくを見つけて、にいとまたわらった。


「見ててくれたんだな、ヒバリ!」
「…………」


なるべく視界に入れないように、カリカリと鉛筆を動した。見ているだけで、暑くなる。まったくもって、なんて暑苦しい男なんだ!
カーテン越しに見た、あのわらいがお。放り投げたバッドの軌跡、軽やかに走り出す、土ぼこりの背中の数字。どれもこれも、ぼくが持たなかったものだ。さして、欲しくはないけれど。なんてイライラするんだろう!
僕が不快だとおもうものを、全てこいつは持っている!


「なあ、すげえだろ!甲子園に行けるんだぜ!」
「……それはよかったね」
「なんだよー、もっと喜べよ。甲子園にお前も連れてってやるよ」
「遠慮しとくよ」
「なんで?」


南ちゃんにしてやろうと思ったのになあ、なんて呟いては、勝手にイスに座った。(大体南ちゃんって、誰?)ああ、汚い、汚い。ぼくの神聖な部屋を、土ぼこりで汚すのはやめてくれ。注意することすら、気が失せ、さして面白くもない報告書に、目を通した。まったくもって、なんてこの学校には喫煙者が、多いことだろう。嘆かわしい。


「な、何で見てたんだ?」
「………さあね」
「まったはぐらかすのな」
「君は、何でここに居るの」
「や、ヒバリが見てたから」
「別に見てない」


笑い声が上がった。うろん気に視線を上げると、わらう馬鹿が視界に入って、イライラとする。"甲子園に行けるんだぜ!"そう、それはよかったね、勝手にするといい、どうして僕に報告に来るわけ、馬鹿じゃないの、てゆうか、汚いんだけど。
まくし立てたい言葉は、山ほど浮かんで、くる。しかし、そのどれもが喉の途中で引っかかり、発音されることは、ない。


「しっかしここ涼しいよな。なあ、やっぱ他の教室にもクーラーつけてくれよ」
「涼みに来ただけなの」
「んにゃ?ヒバリに一番に報告したかったしなー」
「………つまらないね」
「ん?」


まったくもって、つまらない。吐き気がする。人工的な、誰もいないぼくの場所を、真夏の空気と、土ぼこりと、汗に汚されることに。この男の、声と、言い草に。喉に引っかかっていた言葉が、口をついて、出る。


「甲子園だか、なんだか知らないけど勝手にでればいい。どうしてそれをぼくに言いに来るの?いい加減にして、だいたい、ただ涼みに来るだけならぼくのところに来ないで。何できみはそんな風にぼくに付きまとってるの?まったくもって、つまらない」


早口で、感情を込めずにいっきに喋る。相変わらず、目は報告書を追っているだけで、手に持った鉛筆は進んでいない。内容も、頭には入らない。ただ、いま、あいつの顔はみたくなかった。濁った声をだし、ははっとわらう声が聞こえた。未だ歓声は耳について離れず、白いユニフォームが頭から、離れない。あの、軽やかに、走ってゆく背中!


「でも、俺ヒバリんことすきだし」
「それはどうもありがとう」


皮肉を込めて、睨み返した。…口を、ぎゅっと結んで、顔を歪めてわらう。


「うん。やっぱ、ヒバリんことすきだもん俺」
「気色が悪い」
「だろうな」
「大体、それってどういう意味なの」
「そのまんまの意味」
「気色が悪い」
「それ二回目」


意味が無い、まったくもって意味が無い。こんな言葉の応酬なんて、意味が無い!ぞわぞわ、と逆立つようなイラだちが駆け巡った。そして、いつからか、底にこびり付いたあの、欲望がフラッシュバックし、…そして視界がブラックアウトしそうになる。
実際、世界は急激に色を無くし、(たような気になる)少し目を閉じた。
殺してしまいたいと、思った。否、殺すのではなくて、目の前にいるこの男の、鍛えた筋肉にナイフを突き立てたいと、思った。その健康に日焼けした、黒い肌を裂き、ピンク色をした肉を抉り、突き出た喉笛を、捻り潰してしまいたい。鮮明にその光景が浮かび、ふいに実行に移そうと、腰を浮かしかけたところで、止める。
そんななんの、生産性、もない事ぼくがするわけないじゃない!
ただ、その呆けたように、なにも考えずに笑う顔を、恐怖で歪ませてやりたいと、思った。それは何時からか、思考の端に、路上に履き捨てたチューイングガムのように張り付き、べた付いた。
白いベエスを蹴った、夏の日差しとこの陰鬱な欲望は、あまりに対照的過ぎて、(特にこの馬鹿を思いやっているわけではないが)行動に移すのを、躊躇われた。


「俺はヒバリとこんな風に、話せるようになっただけでも嬉しいんだよな」
「へえ、それはよかったね」
「うん、まじで。ヒバリも俺のことすきだろ?」
「いい加減に戻ったら?目障りだ」
「……んー、もうちょっとだけ」
「噛み殺すよ?」
「あ、今は勘弁してくれよ」


いつもなら、笑っている。
そう、いつもなら"噛み殺す"と言えば、こいつは笑って、答えない。勘弁してくれ?…ああ、野球か。そういえば、こいつは事あるごとにここに来ては、甲子園の話を、していた。そんなに甲子園に行きたいのなら、もっと強い高校に行けば、いいのに!
馬鹿じゃないの、初めから、この学校の野球部なんて、弱小だって知ってたくせにね。
晴れやかに、わらい顔をつくる男が、ここまで鬱陶しく思えたことがあっただろうか。念願の、甲子園行き、ね。そう、思考したことを僅かに覚えている。


そして。


…ここから、急速に、世界が遠のく。
そう、ここからの記憶はひどく客観的で、実際ぼくはあまり覚えていないのかも知れない。覚えていないようで、鮮明に景色は思い出せる。ガラス越しに聞こえる、ありふれすぎた退屈な蝉の声と、クーラーをつけても尚漂うだるい真夏の空気と、舞う土ぼこりの匂い。
見開いた、こげ茶色の眼に、ぼくの顔が映る。次に、骨が折れるくぐもった鈍い音。打撃音、と、息を呑む音。不思議と、悲鳴も鳴声も記憶していない。(恐らく、悲鳴も鳴声も上げなかったんだろう)
ぼんやりと、天井を見上げた。準える思考を止め、あの絶望した顔に、意識を戻した。気が付くと、横たわった山本は、ぼくを見上げて、"なんで"と小さく口を開いた。さて、どうしてだろうか。僕もまったくもって分からない。
絶望の声を上げて、山本を運ぶ野球部員達の責める(というより殺意すら込められていた)視線が、目の裏にちらつく。憂鬱だ、と思った。幸い退屈な気分は、霧散したけれど。それは、自分がやったことへの、馬鹿みたいな事後処理で(なにしろ、あいつはあんなんでも、野球部には必要不可欠だった!)あれからあいつの顔は、見ていない。
見れば、後悔、すると思った。
後悔ほどおぞましいものはない!それは何かに囚われることだ。ぼくは、この一件であいつへの執着を振り切ったはずだ。だから、見たくなかった。恐らく、何かの予兆のようなもので、後悔すると思った。
何故、そう思うのかは自分でもよく分からない。
責める視線に傷付いたわけでは、もちろん、ない。なら、なんだろうか。この、予兆は。……赤ん坊は、ぼくを見てわらった。そして、その顔の奥に、あいつの笑い顔が散らばり、そして更に奥に"なんで"と言ったあいつの目に映ったぼくの顔。


真昼のだるい空気と入れ替わり、真夏の夜はよどんだ空気と湿気が肌に張り付く。闇に沈んだ校舎は、ありがちな怪談に使われそうな雰囲気で、走り回る人体模型を想像して、すこし可笑しくなった。(おかしくなったのは、ぼくかもしれない)
あの一件で、野球部の短い夏は終わった。予選での、見事な勝ちっぷりに反して、甲子園ではボロ負け。三年生は引退し、野球部の練習は再開されていない。 罪悪感、というものはあるのかはよく分からない。ただ、あいつの苦痛に歪んだ顔は、思ったよりも面白みに欠けていて、否、まったく面白みなどなかった。後に待っていたのは、面倒くさい事後処理の山と、相変わらず不快な思念だけ。
あの日と、同じ。
バッターボックスに立つ。暗闇に沈んだ、使われていないグラウンドは、案外さみしいものだ。と思った。もちろん、手に金属バットなんて、持っていない。大体、持っているわけが無い。ぼくは、もっているのはこの血に塗れたトンファアだけだ!
土に汚れた白い三角を足で、踏みしめる。あの日、あいつが見た光景は、なんだったんだろうか。黒く堅い帽子越しに見た、馬鹿みたいな青空だったのか、ピッチャーを睨みすえたのか。それとも、土の茶色だったんだろうか。遠くに浮かぶ、入道雲だったのか。
蛍光灯に照らされただけのグラウンドでは、やはり計り知れない。試しに、土を蹴ってみると、暗闇ではよく分からないが、確かに土ぼこりが立った。あの、青空の下に立っていたあいつと、夜に蛍光灯に照らされて立っているぼくは、やはり正反対なのかも、しれない。
"甲子園に行けるんだぜ!"
ぎゅっと目を閉じて、再びあけると同じような暗闇だった。あの日、二階の窓から見た、光景を再現するように、一塁に向かってベースを、蹴る。


























(個人的に萌えを吐き出せたので満足。ヒバリの嫉妬とサディズムと山本への好意のはなし)




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