賑やかな音楽に、軽やかに踊る人たち。少し離れた壁に寄りかかりながら、どこか人事に見ていた。実際、これは自分の為のパーティーなんだけどな(ああ違う、自分達。か)。陽気なアコーディオンが耳に流れる、この陽気さは、今の自分の気持ちと正反対だなあ。
信じられないくらい雲ひとつなく晴れ渡った空、きっと俺以外の他の人たちはこう思ってるんだろう。"よい結婚式日和ですね"。皮肉、俺としては陰鬱な曇り空か、どしゃ降りか、ああいっそ中止になるくらいの嵐がよかった。今日が中止になったとしても、たった一日二日延びるだけだろうけど。
沢田はこの幸せに溢れている場におおよそ似つかわしくない不快な表情をして、にこやかに笑う人たちを鋭い表情で睨みすえた。…目は自然と、アッシュグレイの髪の持ち主を探す。


これが、自分の為のパーティーだってことが、未だに信じたくない。まあ、ボスになったんだから後継者は残さないといけないし。
先ほどまで教会で厳かな儀式を送っていた時、隣にいた女性の顔を未だにきちんと覚えていない。…この隣にいるのは、(それが例え許されない事でも)獄寺くんがよかったのに。唯一の救いは、その女性が、ほんの少し獄寺くんに似た緑色の瞳をしていたくらい。常識的に見て、綺麗だといえる女性は、俺にとっては何処にも魅力的要素などない。
"愛すると誓いますか"、禿げ上がった神父の声が頭に響く。最もそうに、神の使途として振舞う老人を、冷ややかな目で見ていた。実際のところ、俺は神という存在をまったくといって信じていない。もし、神がいるのなら、どうして愛し合っている二人は結ばれないのか。もし、全能で全ての隣人を愛する神がいるのなら。同性愛を禁止するなんて、しないはずだから。
…ねぇ、獄寺くんもそう思うでしょ?
今はここに居ない、彼の恋人に問いかける。
神さまがいるのなら、どうして俺達は幸せになれないの
別に、結婚が究極の幸せだとは思わないけれど。目を伏せて、沢田は小さく溜息をついた。今頃、俺を探してるのかなみんな。せっかくの披露宴なのに、いなくなってるし。ああでも、幹部達は気を利かせてくれてるかもしれない(山本とか、雲雀さんとか)。
獄寺くんはどうしてるだろう?なんとも、思ってないのかな。まあでも、獄寺くんはファミリー優先だし。
"俺、結婚するんだって"
いつもの情事の後、ベッドの中で獄寺くんに言った。そのときの獄寺くんの顔は、実際、よく覚えていない。むしろ、顔を見ていなかったかもしれない。ただ、少し悲しそうな声で、"ええ、分かっています"そう言った声だけを覚えている。


「ドン・ボンゴレ、ご結婚おめでとうございます」
「………ああ、ありがとう」
「お席のほうに居なくてもよろしいのですか?」
「うん、ちょっと賑やかなところに居ようと思ってね」


失礼します、そういって小太りな男がまた陽気な輪に入っていった。ほぼ無理やりに渡されたワインをぐいと呷る。普段はあまりお酒は飲まないけれど、今日くらいは飲んだっていいよね。"結婚、おめでとうございます"。今日で何回聞いただろう。同盟ファミリーのボス達、政治家、友人、知人。そういえば、守護者のみんなからは一言も言われていないな、まあそれは、みんなが俺の事をよく分かってるって証拠なんだろうけど。
おめでたいことなんて何にも無い、別に、結婚したからといって、俺と獄寺くんが一生あえなくなるわけじゃない。 その気になれば今だって、走ってでも彼を探しにいける。…本当に、結婚が究極の幸せだとは思っていない。ただ、誰かにきちんと認められる。愛し合う許可がもらえる。それがたとえ誰からでも、嬉しいものだと、思う(現に俺はいまどこまでも複雑な気分だ)。


神様なんて、いやしない。


でもそれは、ボスになる道を選んだ俺のせいだし。自業自得ってやつだろうけれど。ボスになるんだったら、絶対に子供が居る。…簡単に分かる事だ。でも、俺がボスにならなかったら?獄寺くんと、結ばれていたかは、分からない。だって、俺は獄寺くんと一緒にいたくて、だからボスになった。
どうすればよかったんだろう?…これからも、獄寺くんと俺の関係は変わらないだろうけど(変わらせるつもりも毛頭ない)、それでも。
獄寺くんが、それとも俺が。どちらかが女ならよかったのに、少し本気で考えてしまう自分に冷笑。…もう、取り返しがつくわけはないし、結婚を取り消せるわけが無い。こんな事を考えている俺を獄寺くんはどう思うんだろう?俺と同じ事を考えてくれているのだろうか?そうなら、少し嬉しい。


”結婚しろ、ツナ"。無表情で、黒尽くめの元家庭教師(ああ今もかなあ)が言った。予想はしていたし、いつか来るとは思っていた。だから、何にも逆らわずに、ちゃんと結婚した。本当は、逃げ出してもよかった。でも、結婚から逃げ出した俺に、獄寺くんが付いてきてくれるか、不安だったんだ。
やっぱり俺は、いくら人殺しをしようと、いくらマフィアらしくなろうと、臆病者のダメツナだなあ。




「………こちらにいらっしゃいましたか、十代目」
「獄寺くん、」


人ごみを縫って、アッシュグレイの髪を揺らしながら、獄寺くんが俺の前に来る。いつもは着崩すしているのに、今日はきちんとした、スーツ。ああやっぱり獄寺くんも俺の結婚を祝うんだなあ。俺の結婚式でも、その前でも。ずっと無表情のままだった。表情にでやすい獄寺くんが。…不自然なほどに、無表情。


「同盟ファミリーのボス方達が十代目に挨拶を申し上げたいそうで。リボーンさんが早く戻って来いとおっしゃっていました」


機械的に、やっぱり無表情を崩さず、獄寺くんが口を開く。


「………獄寺くんは神様を信じる?」
「俺は……信じません」


無表情を崩して、目を伏せる。長い睫が、影を作った。
この角度、好きだなあ。沢田は本日始めての、自然な微笑を作って、空になったワインのグラスを獄寺の頭上越しに投げた。綺麗に放物線を画いたグラスは、陽気な輪の少し外側の地面に当たって砕けた。…誰一人として、それを気にも留めない。


「じゃあ、もし仮に神さまがいて、何か願い事をかなえてくれるなら。何をお願いする?」
「もちろん、十代目の幸せを」
「……なら、俺は獄寺くんの幸せを」
「俺なんかの幸せを、願わないで下さい」
「嫌だよ。獄寺くんが幸せだと、俺だって幸せだからね」
「十代目は、………今幸せですか」


思いつめたような顔で、真摯に俺の瞳をまっすぐに獄寺くんが見た。どんな答えを望んでいるのか。結婚式に幸せじゃない人間なんているのかな?まあ、ここにいるんだけど。くすくす、と口に手を当てて笑う。


「うん、幸せだよ?」
「………なら、俺も幸せです」


言葉とは裏腹に、獄寺くんの瞳に影が差すのが見て取れた。本当に、分かりやすいなあ。…愛しいと思う、心の底から。生きているうちに、こんな気分を味わえるなら、ボスになるのも悪くないと思ったんだよ。…リボーンは、ふざけた理由だっていって呆れてたけれど。
おもむろに獄寺の腕を掴んで、背にしていた扉を開ける。外の熱気とはかけ離れた、人の気配のないひんやりとした空間。困惑した顔で、それでも逆らわずに、中に入る。扉を静かに閉め、鍵をかけた。ほこりっぽい空気とたくさんのダンボール、どこかの倉庫らしい。ドアを挟んで、くぐもった笑い声が聞こえた。
しばし見詰め合う。
………それから、どちらともなく、キス。触れるだけのキスのあと、酸欠になりそうなほどの長いキスをする。


「……獄寺くんが、目の前に居るから幸せっていったんだよ?結婚式は、ぜーんぜん、幸せじゃないなあ。実際、あんな女の人、好きでもなんでもないしね」
「…………相手の人に失礼ですよ」


困ったように笑った獄寺くんの頬に手を伸ばした。頬に触れた手を、獄寺くんの右手が優しく掴んで、指に、甲にキスをする。伏せた睫が、また綺麗な影を作った。…この角度が好きだ、というよりも。全てが好きだと思える。
このほこりっぽい倉庫も、獄寺くんが居れば、どんな豪邸も敵わない、素敵な場所になるのだ。


「……神様は、いるかもしれない」


獄寺くんの閉じた瞼にそっと優しく触れながら、呟いた。


「どうしてですか?」
「……今、幸せだと思えるから。獄寺くんと会えたことは、もしかしたら本当に神様が居る事の証明になるかもしれないね」
「もし、神様が居るなら、」
「ん?」
「どうして、」


小さな、蚊の鳴くような声で呟く。今にも泣き出しそうな顔で俯いて、唇をかんだ。
幸せな気持ち、幸福感が胸を満たすのを、感じ取った。…やっぱり、獄寺くんも、俺とおんなじこと考えてたんだね。よしよしと、アッシュグレイの髪を撫でる。


「ねぇ、獄寺くん。…キスして?」


何も言わず、長いキスをした。……こつん、と額を合わせる。淵にギリギリまで涙を溜めた目が、まっすぐに俺の目をみる。また泣いてる(いや、泣きそう、かな)。獄寺くんは、よく泣く。俺の前だけだけど。それがとても嬉しい。俺だけに弱みを見せてくれるから。
ぎゅ、と両手を回す。俺よりも体格がよくて、背も高いくせにさ。にっこり微笑んで、今にも泣き出しそうな目に、キスを落とした。
獄寺くんの両腕が、俺の腰に回る。外からは、やっぱり陽気な声が聞こえていた。


「…十代目、リボーンさんが」
「大丈夫だよ」


多分、リボーンが獄寺くんに俺を探しに行かせたのは、こういう結果になるって分かってたからだろう。それとも、彼なりの罪滅ぼしなのだろうか?


「好きだよ、愛してる。……結婚式なんてしなくてもさ、いいんだよ」


数十分前は、複雑な気分だったけど。やっぱり、獄寺くんの顔をみると、いいように思えてくる。


「俺も、だいすきです」
「……ねぇ、獄寺くん。今だけでいいから、ずっと抱きしめておいてね」
「はい、……綱吉さん」


またキスを落として、微笑んだ。


「……いつも、そういう風によんでくれたらいいのに」
「そういうわけにはいきませんよ」


半泣きの顔で、また不器用に微笑んだ。腰に回った腕に力が入る。


「……好きです、綱吉さん」
「俺もだよ」


もう、ここで時間が止まればいいのに。
永遠に抱きしめたまま、抱きしめられたまま。
我ながら陳腐な事を考えたなあ、……小さく苦笑して、また、キス。










































特に意味もなくフリー小説。
お持ち帰りたい人は、適当にお持ち帰ってくださいよ。
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東屋ギンジ


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